吾輩は猫である。名はまだない。
この数か月、飼い主はずっと机にかじりついていた。
紙の束、蛍光ペン、深夜のコーヒー。
時々うなり声を上げ、「リスク分析」「要件定義」など
人間には重要らしい言葉をぶつぶつ呟いていた。
吾輩は、その足元で静かに見守っていた。
眠気と戦う背中に、
小さく寄り添うのが吾輩の仕事である。
そして今日――
ポストの前で飼い主が封筒を開けた瞬間、
「やった……合格だ!」と声を上げた。
その顔は、夜明けのように輝いていた。
吾輩は思った。
“技術士”とは、ただ頭の良い者の称号ではない。
苦しい日々を超えて、
人のために知を尽くそうとする者の証なのだ。
夜、机の上に合格証が置かれた。
飼い主はしばらくそれを見つめ、
静かにペンを置いた。
吾輩は隣に座り、
その手に鼻をすり寄せた。
努力のにおいが、
インクと同じくらい染みついていた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、今日ばかりはこの家の参謀として胸を張る。
努力とは 眠る背中に 春が咲く