吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
蕎麦まで美しく並べたがる。
一口ずつ、
くるりとまとめ、
木の器に整然と並べる。
人間はこれを、
へぎそばと呼ぶ。
主に新潟で親しまれ、
布海苔をつなぎに使うことで、
独特のつるりとした食感が生まれるらしい。
吾輩は思う。
蕎麦とは、
もっと無造作に食べてもよいのではないかと。
だが、
目の前に並んだ姿を見ると、
なるほど悪くない。
一口。
また一口。
最初から量が決まっているので、
食べやすい。
猫で言えば、
小皿に少しずつ分けられた餌のようなものである。
しかも、
見た目は涼しい。
つるり。
するり。
暑い日でも、
箸が進む。
吾輩は思う。
美味しさとは、
味だけではないのだと。
盛り方。
器。
喉越し。
一緒に食べる者。
それら全部で、
一つの料理になる。
人間は、
腹が減れば何でもよいと言うことがある。
だが、
本当に何でもよいなら、
こんなに綺麗には並べまい。
食べる前から、
もう楽しんでいるのである。
そして、
一口ずつ並んでいるからこそ、
ついもう一つ。
もう一つ。
気づけば、
へぎの上が寂しくなる。
猫のおやつと、
よく似ている。
吾輩は猫である。
蕎麦は食べぬ。
だが、
一口ずつ大切に並べられたものが、
最後にはきれいになくなる光景には親しみを感じる。
へぎそばとは、
ただ腹を満たす蕎麦ではない。
つるりとした喉越しと、
整った見た目と、
「もう一口」を楽しむ、
少し粋な食べ方なのだ。
へぎの上
並ぶ一口
消えてゆく