【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―日々研鑽 編(資格の更新必要にゃ?)―

2026年8月26日

吾輩は猫である ―日々研鑽 編(資格の更新必要にゃ?)―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
試験に合格すると喜ぶ。

証書を眺め、
資格名を名刺に書き、
少しだけ胸を張る。

そして、
しばらくすると言う。

「これ、更新って必要なの?」

吾輩は思う。

ずいぶん現実的な質問である。

資格には、
更新が必要なものもあれば、
一度取ればそのままのものもある。

だが、
知識まで永久保証される資格は、
たぶんない。

技術は変わる。

法律も変わる。

社会も変わる。

昨日の常識が、
明日には古くなることもある。

ならば、
資格証だけ残っていても、
中身が昔のままでは少し寂しい。

人間はこれを、
継続研鑽と呼ぶ。

新しいことを学ぶ。

昔覚えたことを、
もう一度確かめる。

失敗から学ぶ。

他人の話を聞く。

時には、
自分のやり方を疑ってみる。

どれも派手ではない。

試験のように、
合格の文字が出るわけでもない。

だが、
その積み重ねが、
資格に少しずつ重みを与えていく。

吾輩は思う。

更新すべきなのは、
資格ではなく、
自分自身なのではないかと。

猫も、
毎日同じように暮らしているようで、
少しずつ学んでいる。

この扉は開く。

この棚には登れる。

この時間になると、
飯が出る。

特に最後の学習については、
日々研鑽を怠らぬ。

人間も、
合格した日が完成ではない。

むしろ、
そこからが始まりなのだろう。

資格を取ったから学ぶのをやめるのか。

資格を取ったからこそ、
学び続けるのか。

その違いは、
十年後にはずいぶん大きくなる。

吾輩は猫である。
資格証は持たぬ。
更新料も払わぬ。

だが、
昨日より少し賢く生きることなら、
毎日続けている。

日々研鑽とは、
資格を維持するための義務ではない。

自分が、
資格の名前に置いていかれぬための、
静かな更新作業なのだ。


資格より
我を更新
日々研鑽

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gonta

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