吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
歯を失っても、
また噛めるようにしようとする。
なかなか諦めが悪い。
人間はこれを、
インプラントと呼ぶ。
歯がなくなった場所に、
新しい土台をつくり、
その上に歯を置く。
なるほど。
失ったものを、
別の方法で補うらしい。
吾輩は思う。
技術とは、
元に戻すことではない。
失った後でも、
暮らしを続けられるようにすることだ。
噛む。
食べる。
笑う。
毎日当たり前にしていることほど、
できなくなった時に、
その大切さが分かる。
だが、
入れたら終わりではない。
人間は、
そこを忘れがちである。
磨く。
診てもらう。
違和感があれば、
早めに相談する。
新しい歯だからこそ、
手入れが必要になる。
吾輩は思う。
これは、
機械にも似ている。
新しくしたから大丈夫。
高いものだから大丈夫。
そんな保証は、
どこにもない。
長く使えるかどうかは、
その後の付き合い方で決まる。
猫も、
歯は大事である。
美味しく食べられることは、
生きる楽しみそのものだ。
だから、
噛めるということを、
当たり前だと思ってはならぬ。
吾輩は猫である。
インプラントは入れぬ。
だが、
食べる喜びを守るために、
技術と手入れの両方が必要なことは知っている。
猫インプラントとは、
失ったものを嘆くための技術ではなく、
これからも美味しく食べていくための、
新しい支えなのだ。
噛めること
当たり前こそ
宝なり