吾輩は猫である。名はまだない。
最近どうも、前足の動きがぎこちない。
かつては棚の上にもひと跳びで登れたが、
いまは助走をつけても届かない。
階段を上るたびに、骨の奥でこすれるような痛みが走る。
どうやら、これが“関節炎”というやつらしい。
飼い主は心配そうに病院へ連れて行ってくれた。
白衣の人が吾輩の足を優しく撫で、
「年齢ですね」と言った。
――年齢。
その言葉が少しだけ胸に刺さった。
だが帰り道、飼い主は笑って言った。
「いいじゃない、年を取るってことは、
たくさん生きたって証拠だよ」
その夜、吾輩はゆっくりと毛づくろいをしながら思った。
確かに、若いころには見えなかったものが見える。
朝日の暖かさ、
人の声の優しさ、
そして、今日も生きているという奇跡。
跳べなくても、寄り添うことはできる。
走れなくても、見守ることはできる。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、今この時を穏やかに過ごせることが、
何よりの幸福なのだ。
痛みさえ 生きる証と 冬日向