吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
国が違っても、
同じように通じる決まりを作ろうとする。
人間はこれを、
国際規格と呼ぶ。
寸法。
品質。
安全。
情報セキュリティ。
環境。
それぞれの国が、
好き勝手なやり方をしていては、
物も仕組みも、
うまくつながらない。
だから、
共通の物差しを作る。
吾輩は思う。
これは、
なかなか大切なことである。
猫の世界でも、
相手の尻尾が大きく膨らんでいれば、
だいたい近づかない。
耳が後ろへ倒れていれば、
少し距離を取る。
国は違っても、
猫語には、
それなりの共通規格があるらしい。
人間の規格も、
似たようなものだ。
「このやり方なら、
一定の品質が期待できる。」
「この基準を満たせば、
互いに確認しやすい。」
共通の約束があるから、
知らない相手とも仕事ができる。
だが、
吾輩は思う。
規格を守れば、
すべて安心というわけでもない。
認証を取った。
書類もそろえた。
手順書も作った。
それだけで満足してしまえば、
中身が置いていかれる。
規格とは、
立派な額縁ではない。
日々の仕事を、
より良くするための物差しである。
人間は、
時に規格に合わせることを目的にしてしまう。
だが本来は、
安全にするため。
品質を上げるため。
互いに信頼するため。
その目的を忘れてはならぬ。
吾輩は猫である。
ISO番号は覚えぬ。
だが、
誰とでも通じる約束があれば、
争いが減ることくらいは分かる。
国際規格とは、
世界中を同じ形にするためのものではない。
違う国、
違う組織、
違う人が、
同じ土俵で信頼し合うための、
共通の言葉なのだ。
違えども
物差し揃えば
道つながる