【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―noteデビュー 編―

2026年10月30日

吾輩は猫である ―noteデビュー 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
文章を書いたあと、
誰かに読んでもらいたくなる。

昔なら、
日記帳。

少し前なら、
ブログ。

そして今は、
別の場所もある。

人間はこれを、
noteと呼ぶ。

吾輩は思う。

また書く場所を増やすのかと。

すでに、
文章はある。

ブログもある。

長いこと続けてきた。

それなのに、
また新しい入口を作る。

人間は、
なかなか欲張りである。

だが、
初めての記事を投稿する時には、
少し緊張する。

タイトルはこれでよいか。

写真はどうする。

改行は多すぎないか。

ハッシュタグは必要か。

公開ボタンを押してよいか。

文章を書くより、
その周りの方に時間がかかる。

吾輩は思う。

デビューとは、
大げさなものではないのだと。

誰かに認められることでもない。

最初の記事を、
一つ出す。

それだけで、
昨日までなかった場所に、
自分の文章が一つ置かれる。

読まれるかもしれない。

読まれないかもしれない。

反応があるかもしれない。

何もないかもしれない。

それでも、
一つ置かなければ、
何も始まらない。

猫も、
新しい部屋へ入る時は慎重である。

まず、
入口から見る。

匂いを嗅ぐ。

少しだけ入る。

安全だと思えば、
もう一歩進む。

noteも、
それくらいでよいのだろう。

最初から、
多くの人に読まれなくてもよい。

毎回完璧でなくてもよい。

一つ書く。

また一つ書く。

やがて、
記事が並ぶ。

すると、
そこにも少しずつ、
その人らしい場所ができてくる。

吾輩は思う。

文章とは、
書いただけでは終わらない。

どこへ置くかで、
出会う人も変わる。

同じ文章でも、
ブログで読む人。

noteで読む人。

たまたま検索で見つける人。

入口が増えれば、
届く可能性も少し増える。

吾輩は猫である。
noteのアカウントは持たぬ。

だが、
新しい場所へ最初の一歩を出す時の、
少し不安で、
少し嬉しい感じは知っている。

noteデビューとは、
新しい文章を書き始めることではない。

これまで書いてきた言葉に、
もう一つ新しい窓を開けることなのだ。

そして、
最初の記事を出した瞬間から、

「いつか読まれたらいいな」

は、

「誰かが読むかもしれない」

に変わるのである。


一記事を
置けばそこから
道ひらく

  • この記事を書いた人

gonta

-【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編