吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
文章を書いたあと、
誰かに読んでもらいたくなる。
昔なら、
日記帳。
少し前なら、
ブログ。
そして今は、
別の場所もある。
人間はこれを、
noteと呼ぶ。
吾輩は思う。
また書く場所を増やすのかと。
すでに、
文章はある。
ブログもある。
長いこと続けてきた。
それなのに、
また新しい入口を作る。
人間は、
なかなか欲張りである。
だが、
初めての記事を投稿する時には、
少し緊張する。
タイトルはこれでよいか。
写真はどうする。
改行は多すぎないか。
ハッシュタグは必要か。
公開ボタンを押してよいか。
文章を書くより、
その周りの方に時間がかかる。
吾輩は思う。
デビューとは、
大げさなものではないのだと。
誰かに認められることでもない。
最初の記事を、
一つ出す。
それだけで、
昨日までなかった場所に、
自分の文章が一つ置かれる。
読まれるかもしれない。
読まれないかもしれない。
反応があるかもしれない。
何もないかもしれない。
それでも、
一つ置かなければ、
何も始まらない。
猫も、
新しい部屋へ入る時は慎重である。
まず、
入口から見る。
匂いを嗅ぐ。
少しだけ入る。
安全だと思えば、
もう一歩進む。
noteも、
それくらいでよいのだろう。
最初から、
多くの人に読まれなくてもよい。
毎回完璧でなくてもよい。
一つ書く。
また一つ書く。
やがて、
記事が並ぶ。
すると、
そこにも少しずつ、
その人らしい場所ができてくる。
吾輩は思う。
文章とは、
書いただけでは終わらない。
どこへ置くかで、
出会う人も変わる。
同じ文章でも、
ブログで読む人。
noteで読む人。
たまたま検索で見つける人。
入口が増えれば、
届く可能性も少し増える。
吾輩は猫である。
noteのアカウントは持たぬ。
だが、
新しい場所へ最初の一歩を出す時の、
少し不安で、
少し嬉しい感じは知っている。
noteデビューとは、
新しい文章を書き始めることではない。
これまで書いてきた言葉に、
もう一つ新しい窓を開けることなのだ。
そして、
最初の記事を出した瞬間から、
「いつか読まれたらいいな」
は、
「誰かが読むかもしれない」
に変わるのである。
一記事を
置けばそこから
道ひらく