吾輩は猫である。名はまだない。
だが、乗り物にはちょっとだけうるさい。
最近、飼い主が手に入れたのは「ペットカート」。
四輪で、幌付き。
まるで王族のように移動できる優れもの――
らしい。
初日は疑った。
乗せられた瞬間、軽い揺れに耳を伏せ、
道路の音に背中の毛が逆立った。
だが二度目には、
カート越しに世界を眺める面白さを覚えた。
犬が振り返り、人が「可愛い〜」と覗きこむ。
知らない花の匂い、
ベビーカーの赤ん坊と目が合う瞬間。
不思議と、悪くない。
カートの中では、動かずとも旅ができる。
吾輩は、まるで港町の灯台のように静かに座る。
飼い主はよく言う。
「歩けるんだけどね、暑いから」
「安全第一だよ〜」
それも分かる。
だが――
吾輩は「乗せられている」のではない。
「乗ってやっている」のだ。
信号待ちで隣に並んだ自転車の高校生が、
「猫が乗ってる!」と笑った。
ふむ、それで良い。
世界に、少しだけ余白を与える存在になれれば本望である。
帰宅後、飼い主が言った。
「ね、楽しかった?」
吾輩は、しっぽを一本ぶんだけ揺らした。
それが、「また乗ってやってもいい」の合図である。
吾輩は猫である。
誇り高く、慎ましく、
静かに街を見下ろす、四輪の旅人である。