吾輩は猫である。名はまだない。
だがこの家で、縦の空間は吾輩の領分と決まっていた。
棚の上、冷蔵庫の上、窓際のひなた。
床を這う“ルンバ”には手が出せぬ場所――それが高みの誇りだった。
しかし今日、異変が起きた。
「届いた〜!窓用ロボットクリーナー!」
飼い主の叫びとともに、
吸盤のようにピタリと窓に張りつく円盤型。
うぃ〜ん……と低く唸りながら、上下左右へ滑るように動く。
なんだこれは。
床用ルンバの“従兄弟”か?
それとも、重力を裏切った新種の敵か?
吾輩はキャットタワーの中腹から、窓を見つめた。
ふだん、午前の日差しがそっと入るあの場所に、
機械のタイヤ痕が残されていく。
縄張りを 壁から奪う 進化かな
飼い主はご満悦である。
「手で拭かなくていいなんて、最高〜」
ほう、そうやって人間が何かを手放すたびに、
吾輩の“高み”もまた、ひとつ減ってゆくのか。
だが、驚いたことに。
そのロボは、窓越しの吾輩の顔に反応して止まった。
「ねえ、止まってるよ? 見つめ合ってる?」
飼い主が笑った。
――いや、これは睨み合いである。
次にその窓に登るのは、吾輩か、貴様か。
とりあえず、明日は窓辺に先回りしよう。
吾輩の優雅なシルエットこそが、
この家の“景色”であるのだから。