吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この路地裏では古参だ。
それなりに「縄張り」というものを持っている。
縄張りと言っても、
境界線は電柱の影や植木の匂い、
屋根の上の陽だまりで決まる。
人間のように地図は要らぬ。
鼻と耳が、すべてを覚えている。
ある日、その路地に新人が現れた。
黒い斑の若造。
あろうことか、吾輩の魚屋ルートを我が物顔で歩いている。
吾輩は塀の上からにらみをきかせた。
若造は一瞬たじろぐも、しっぽをピンと立てて進む。
――宣戦布告である。
だが猫式の戦は、牙をむくだけではない。
まずは匂いの上書き合戦。
その次は、誰がより高い場所を取るかの勝負。
そして最終局面は、
真夜中の“にらめっこ”で決着する。
数日後、勝敗は決まった。
若造は魚屋ルートを諦め、
吾輩は塀の上の特等席を守った。
ただ――
気づけば、朝の陽だまりには、
二匹で並んで座ることも増えた。
争いは終われば、ただの隣人同士である。
吾輩は猫である。
守るべき縄張りも、
分かち合える陽だまりも、
両方、大事にしている。