吾輩は猫である。名はまだない。
この町から、将棋の世界で名を上げる若者が出たと聞いた。
飼い主は新聞を広げ、テレビを食い入るように見つめている。
「同郷の棋士だぞ」と誇らしげに呟く。
将棋盤の上では、木駒がカツンカツンと響く。
その音は吾輩の耳に、
爪を研ぐ音や、魚の骨をかじる音に似て心地よい。
猫の世界にも陣取り合戦はある。
日なたの場所をめぐってにらみ合い、
しっぽを高く掲げて一歩ずつ進む。
人間の将棋は、
その知恵比べを盤上に凝縮したものだろう。
飼い主は棋士の一手一手に一喜一憂する。
「勝てば郷土の誉れ」「負けても胸を張れ」
声に熱がこもる。
どうやら人間は、同じ土地に生まれたというだけで
他人の努力を我がことのように誇れるらしい。
吾輩は膝の上で丸くなり、
そんな飼い主を不思議に眺めた。
だが、誇りを分かち合う気持ちは悪くない。
猫であれ人であれ、郷土の名が輝けば、
日なたも少し温かくなるのだから。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日も、この町に新しい光が生まれたことを、
ひげの先で確かに感じている。
駒音に 郷土の誇り 響きけり