吾輩は猫である。名はもう覚えている。
あの人が呼ぶ、やわらかな声の響きとともに、毎年よみがえるのだ。
今夜は七月七日。
年に一度だけ、あの人が帰ってくる。
遠くの国で働いているらしく、普段は画面の中にしかいない。
飼い主の母が言った。
「今日は七夕ね、あの子もそろそろ来る時間よ」
玄関の音に耳を澄ませ、
吾輩はいつもと違う毛づくろいをする。
鼻先からしっぽの先まで、丁寧に。
そして、開く扉。
「ただいま」
その声に、全身の毛がふわりと立つ。
吾輩は忘れていないのだ。
一年のうち、この一瞬のために生きているような時間を。
飼い主は言う。
「覚えてる? おまえ、変わらないね」
吾輩は黙って胸に飛び込む。
変わっているのは背丈でも毛色でもない、
“いない日々”が続いたことだけだ。
年に一度 ぬくもり超えて 確かめる
夜、庭の笹に短冊が揺れていた。
《また来年、元気で会えますように》
あの人が帰るのは、明日。
でも吾輩は知っている。
距離も時間も超えて、この夜だけは、そばにいられる。
短冊には書けない願いを、
吾輩は静かに、胸に抱いている。