吾輩は猫である。名はまだない。
飼い主が観ていた映画は「遠い山なみの光」。
舞台は戦後の長崎と、のちのイギリス。
母が過去を語り、娘が耳を傾ける。
だが記憶は曖昧で、どこまでが真実でどこからが嘘なのか、
吾輩にはわからぬ。
けれど人間とはそういう生き物なのだろう。
痛みを包むために、
未来を生き抜くために、
記憶を光の角度で塗り替える。
猫の記憶が日なたの暖かさに結びつくように、
人の記憶もまた、温もりと影の間で揺れている。
スクリーンの光に照らされる飼い主の横顔は、
どこか遠い山なみの向こうを見ているようであった。
吾輩はただその膝に丸くなり、
過去と未来のはざまに寄り添った。
記憶とは 光と影の 間にあり