吾輩は猫である。
名前はまだない。
先でもなく、
最後でもない。
その位置には、
独特の身軽さがある。
人間はこれを、
次男猫と呼ぶ。
上を見て育ち、
下ができれば、
立場も変わる。
自由そうに見える。
だが、
案外よく周りを見ている。
長男猫ほど、
背負わぬ。
末っ子ほど、
守られぬ。
だから、
自然と空気を読む。
吾輩は思う。
真ん中とは、
調整役になりやすいと。
前に出る時もあれば、
引く時もある。
甘えることも、
譲ることも覚える。
その分、
柔らかい。
人間は、
次男を「自由」と言う。
確かに、
少し器用だ。
だが、
器用とは、
周囲に合わせてきた結果でもある。
猫は、
無理には合わせぬ。
だが、
流れの中で位置を変える。
それで、
全体が回る。
吾輩は猫である。
順番は選べぬ。
だが、
間に立つ感覚は知っている。
次男猫とは、
縛られすぎず、
崩れすぎず、
流れをつなぐ存在なのだ。
間にいて
流れ整え
風となる