吾輩は猫である。
名前はまだない。
机の上に、
小さな車が並んでいる。
赤。
青。
黒。
大きさは違えど、
どれも妙に精巧である。
人間はこれを、
ミニカーと呼ぶ。
走るわけではない。
人を乗せるわけでもない。
それでも、
人間は眺めて喜ぶ。
吾輩は思う。
本物でなくても、
心を動かすものはあるのだと。
昔乗っていた車。
憧れていた車。
子どもの頃に欲しかった車。
小さな車の中に、
人間は大きな思い出を入れている。
不思議なものである。
吾輩なら、
転がるものを見れば、
まず前足で触る。
少し押す。
動けば追う。
棚から落ちれば、
知らぬ顔をする。
人間は慌てる。
「限定品なんだぞ。」
知らぬ。
猫にとって、
限定かどうかより、
転がるかどうかの方が重要である。
だが、
吾輩は少し分かってきた。
集めるとは、
物を増やすことではない。
好きだった時間を、
少しずつ残しておくことなのだ。
一台ずつ見ると、
小さい。
だが、
並べて眺めれば、
その人の人生の一部が見えてくる。
初めて買った車。
いつか乗りたい車。
もう手放してしまった車。
現実では戻らぬものも、
小さな形なら、
いつまでも棚の上に置いておける。
吾輩は猫である。
免許は持たぬ。
だが、
小さなものに大きな思いを込める人間の気持ちは、
少し分かる。
ミニカーとは、
車を小さくした玩具ではない。
走ってきた時間や、
これから走りたい夢まで、
手のひらに収めておくための、
小さな記憶装置なのだ。
小さき車
思い出だけは
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