吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
疲れると温かいものを食べたがる。
鶏。
高麗人参。
もち米。
にんにく。
いろいろ詰めて、
ことこと煮る。
人間はこれを、
参鶏湯と呼ぶ。
吾輩は思う。
ずいぶん手間をかけて、
元気になろうとするものだと。
だが、
悪くない。
弱った時ほど、
派手なものより、
ゆっくり体に入るものがよい。
熱すぎず。
重すぎず。
少しずつ、
体の中へ染み込む。
人間は、
疲れている時ほど頑張る。
「もう少し。」
「あと一つ。」
そう言いながら、
さらに消耗する。
猫なら、
しない。
弱れば寝る。
寒ければ温まる。
腹が減れば食べる。
実に単純である。
吾輩は思う。
回復とは、
気合ではない。
休むこと。
温めること。
食べること。
そして、
無理をしないこと。
参鶏湯は、
いきなり人を強くする料理ではない。
少しずつ、
元の自分へ戻していく。
そこがよい。
人間は、
「元気になる」と聞くと、
すぐに効き目を求める。
だが、
本当に必要なのは、
一晩で強くなることではない。
明日も、
普通に動けることなのだ。
吾輩は猫である。
参鶏湯は食べぬ。
だが、
疲れた時に温かい場所へ戻る大切さは知っている。
参鶏湯とは、
頑張るための料理ではない。
頑張りすぎた体に、
「もう少し休んでよい」と教える、
温かな一杯なのだ。
温めて
元の自分へ
戻りけり