【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―再帰的自己改善 編―

2026年10月8日

吾輩は猫である ―再帰的自己改善 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
AIを賢くする。

学習させる。

評価する。

間違いを直す。

そして最近、
少し妙なことを考え始めた。

AI自身に、
AIを改善させるのである。

人間はこれを、
再帰的自己改善と呼ぶ。

吾輩は思う。

ずいぶん怠けた発想である。

自分で作ったものに、

「もっと賢くなれ。」

と言って、
改善まで任せようというのだから。

だが、
もし本当にできたら、
少し話が変わる。

AIが、
自分の弱点を見つける。

直す。

すると、
前より賢いAIになる。

そのAIが、
また自分の弱点を見つける。

さらに直す。

また賢くなる。

そして、
その賢くなったAIが、
もっと良い改善方法を考える。

なるほど。

これは、
なかなか終わらない。

吾輩は思う。

猫にも、
似たところはある。

昨日、
扉を押しても開かなかった。

今日は、
前足を引っかけてみる。

開いた。

すると明日は、
最初から引っかける。

一度学んだことが、
次の学びを速くする。

これも、
小さな自己改善である。

だが、
人間が心配しているのは、
その速さなのだろう。

一歩ずつなら、
人間も見ていられる。

だが、

一改善。

二改善。

十改善。

百改善。

と、
どんどん速くなったら。

人間が、

「ちょっと待て。」

と言った時には、
もうずいぶん先まで行っているかもしれない。

吾輩は思う。

成長とは、
速ければよいものでもない。

何を良くするのか。

誰のために良くするのか。

どこで止めるのか。

そこが決まっていなければ、
「改善」という言葉さえ、
少し危うい。

猫なら、
より速く走れるようになったからといって、
一日中走ったりはしない。

より高く跳べるようになっても、
必要のない棚には登らぬ。

……たぶん。

能力が増えることと、
使い方が良くなることは、
同じではないのである。

人間は、
AIが自分で賢くなる未来を期待する。

新しい薬を考える。

新しい技術を作る。

難しい問題を解く。

それは、
大きな力になるかもしれない。

だが、
自分を改善できる者ほど、
何を目指すかが重要になる。

吾輩は猫である。
毎日少しずつ学ぶ。

人間の癖を覚え、
餌の時間を覚え、
どの鳴き方が一番効くかまで改善している。

考えてみれば、
吾輩もすでに、
再帰的自己改善中なのかもしれぬ。

ただし、
吾輩の目的は一つである。

昨日より少ない労力で、
今日のおやつを手に入れることだ。

再帰的自己改善とは、
AIが勝手に賢くなる魔法ではない。

賢くなった自分が、
さらに賢くなる方法まで見つけてしまう、
成長そのものを加速させる仕組みなのだ。

そして、
その時人間に問われるのは、

「どこまで賢くできるか」

ではなく、

「何のために賢くするのか」

なのかもしれぬ。


賢さを
賢さで磨く
先いずこ

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gonta

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