吾輩は猫である。名はまだない。
だが、暑さの記憶は忘れない。
あの日、真夏の午後。
アスファルトが溶けそうな陽射しの中、
マンションの駐車場に、
ひとつの車が止まっていた。
窓は閉め切られ、
エンジンも、風も、ない。
中には、小さな犬。
舌を出して、はぁはぁと苦しげに鳴いていた。
「誰か来て…」
そんな声が、吾輩には聞こえた。
吾輩は影から、じっと見ていた。
飼い主らしき者は、
日傘を差して建物の中に消えていた。
命より 手間が惜しいか この炎
吾輩は自由な存在だ。
だが、自由であることと、
誰かの命を預かることの重さは、知っている。
水の位置、日陰の向き、風の通り道。
それらを知らぬ者に、
命は飼えぬ。
やがて、誰かが通報したらしい。
警察と飼い主がもめていた。
「ほんの10分だったのに!」
――ほんの10分で、オーブンの中のような熱になることを、
人間はまだ知らぬのか。
その夜、飼い主は
「今日は異常な暑さだったねぇ」と
涼しい部屋でスイカを食べていた。
吾輩は窓辺から外を見つめた。
昼間の空気がまだ地面から立ち上がっていた。
命とは、
エアコンの効いた部屋ではなく、
想像力の中で守られるべきものだと、
吾輩は強く思った。