吾輩は猫である。
一年、書き続けてきた。
振り返れば、実に様々なことを書いた。
働くこと、組織のこと、責任のこと、
そして人が人であるがゆえの曖昧さについて。
それらは、正解ではない。
むしろ、正解を提示するつもりなど初めからない。
ただ一つ、確かなのは、
吾輩は「問い」を投げてきたということである。
なぜそれをするのか。
世の中があまりにも“答えらしきもの”で満ちているからだ。
効率、正しさ、最適解。
それらは一見、合理的に見える。
だが、その裏で何かがこぼれ落ちている。
誰のための正しさか。
何を切り捨てて成立しているのか。
その違和感を、見逃したくない。
ゆえに、これからは少し踏み込む。
この一年で書き溜めた問いを、外に向けて差し出す。
読む者に委ねる。
考えるか、流すか、否定するか。
それでよい。
文章とは、本来そういうものである。
読む者の中で完成するものだ。
吾輩の役割は、問いを置くことに過ぎない。
だが、その問いがどこかで誰かの思考に引っかかるなら、
それは十分に意味がある。
一年書いた。
だからこそ、問う。
問いひとつ
置いて去りゆく
猫である