吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
菌と聞くと、
すぐに退治したがる。
洗う。
拭く。
除菌する。
消毒する。
ところが最近、
「肌には残した方がよい菌もいる」と言い始めた。
人間はこれを、
美肌菌と呼ぶ。
吾輩は思う。
ずいぶん都合のよい名前である。
昨日まで菌は敵だったのに、
今日は美肌の味方らしい。
人間の評価は、
なかなか忙しい。
肌の上には、
さまざまな微生物が暮らしている。
全部なくせばよい、
というものでもない。
互いに影響しながら、
肌の環境をつくっている。
なるほど。
猫社会にも、
少し似ている。
一匹だけなら、
気楽である。
だが、
何匹か暮らせば、
距離を調整し、
場所を分け、
全体の均衡を保つ。
大切なのは、
誰か一匹を
「善」と「悪」に分けることではない。
バランスである。
人間は、
美肌と聞くと、
何かを足したくなる。
化粧水。
美容液。
クリーム。
そして、
また新しい何か。
吾輩は思う。
足す前に、
壊していないかを見る方が先ではないかと。
洗いすぎる。
こすりすぎる。
乾燥させる。
寝不足。
食生活の乱れ。
肌も、
ずいぶん大変である。
猫なら、
毛づくろいはする。
だが、
一日中洗剤で洗ったりはしない。
自分の体に必要なものまで、
全部落としてしまえば、
かえって落ち着かぬ。
吾輩は思う。
美肌とは、
何か特別な菌を増やせば完成するものではない。
肌そのものが、
穏やかに過ごせる環境をつくること。
それが、
一番大切なのではないか。
人間は、
すぐに名前をつける。
善玉菌。
悪玉菌。
美肌菌。
だが、
自然はそこまで単純ではない。
吾輩は猫である。
美容液は使わぬ。
だが、
毛並みが整うには、
食事も、睡眠も、安心も必要だと知っている。
美肌菌とは、
魔法の菌ではない。
肌の上にも小さな生態系があり、
美しさとは、
その均衡の上に成り立っていることを思い出させる言葉なのだ。
洗いすぎ
美肌の仲間も
逃げてゆく