吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日が飼い主の誕生日であることは、知っている。
毎年この日、部屋に花が飾られ、
ケーキの甘い香りが漂い、
飼い主はひとりでワインを開ける。
「おめでとう」と誰かに言われるよりも、
自分でそっと、自分を祝う。
その静けさを、吾輩は何年も見てきた。
今年も例外ではない。
誰かが訪ねてくる気配はない。
けれど、今年の吾輩には計画がある。
朝はいつもより早く、枕元へ行って座る。
めずらしく、自分から喉を鳴らす。
昼には、毛づくろいをして毛を整え、
おやつの時間には、素直に膝に乗る。
飼い主は言った。
「今日はなんだか、やけに優しいね」
吾輩は知っている。
人は歳を重ねるほど、
「誰かに祝ってほしい」とは言いにくくなることを。
だから、黙って寄り添うことが、最高の贈り物になるのだ。
言葉なく ただそばにいる 祝いたさ
夜になり、飼い主がロウソクを吹き消す。
「今年もありがとう」と、
吾輩にだけ、言ってくれる。
その声のあたたかさが、
吾輩にとっては、
何よりのごちそうである。