吾輩は猫である。名はまだない。
飼い主が最近、やたらと数字とにらめっこをしている。
「ローン」「燃費」「残価設定」――
どうやら新しい車を買うらしい。
試乗の日、吾輩も助手席に乗せられた。
エンジン音は静かで、
座席はふかふか、外の景色が流れるたびに毛がふわりと揺れた。
だが、吾輩にとって重要なのはそこではない。
“どの車がいちばん昼寝しやすいか”である。
営業マンは飼い主に、
「安全性能が最新です」「燃費も優秀です」と説明していた。
吾輩は心の中でつぶやいた。
「それより、ひなたの当たる後部座席はあるのか?」
ついに契約の日、
飼い主はペンを走らせながら小さくつぶやいた。
「これで通勤もドライブも快適だな」
吾輩は足元でうなずいた。
車というものは、人にとって“自由”を買う道具なのだ。
納車の日、
ピカピカの車に映る吾輩の姿を見て、少し誇らしくなった。
これからこの鉄の箱とともに、
見知らぬ町を走る日々が始まるのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日だけは、旅立ちの相棒として名乗ろう。
――助手席の猫である。
走る風 窓辺に映る 猫の顔