吾輩は猫である。
名前はまだない。
車ごと、
海へ入っていく。
正確には、
船の中へ入るのだが、
最初は少し驚く。
人間はこれを、
フェリーと呼ぶ。
走っていたはずなのに、
急に止まる。
だが、
移動は続いている。
不思議な感覚だ。
吾輩は、
まず様子を見る。
音、
振動、
揺れ。
いつもの車と、
少し違う。
だが、
エンジンは止まり、
空気は静かになる。
それは、
悪くない。
高速道路のように、
常に気を張る感じもない。
景色はゆっくり流れ、
時間も少し遅くなる。
吾輩は思う。
フェリーとは、
「急がぬ移動」なのだと。
速さではなく、
揺られながら進む。
その間に、
気持ちも整う。
猫にとって大事なのは、
安心できる場所があることだ。
慣れた毛布、
匂いのついた座席、
静かな声。
それがあれば、
案外落ち着く。
だが、
油断は禁物である。
暑さ、
換気、
逃走。
気を配ることは多い。
人間は、
目的地を急ぐ。
だが、
移動そのものを
楽しむ道もある。
吾輩は猫である。
海は渡らぬ。
だが、
揺れながら進む心地よさは知っている。
フェリーとは、
「止まりながら進む」
不思議な旅なのだ。
揺られつつ
止まって進む
海の道