吾輩は猫である。名はまだない。
きょうは珍しく、飼い主の後をついて街へ出た。
向かった先は、白い石造りの建物――裁判所であった。
人が多く並んでおり、「傍聴席は満席です」と声が響く。
どうやら人間たちは“正義”というものを見届けに来ているらしい。
中へ入ると、部屋の空気は張りつめていた。
壇上に座る黒い服の人物、
そして下を向く被告人。
どちらも、何か大切なものを守ろうとしているように見えた。
吾輩はそっと耳を立てた。
証言、反論、沈黙――そのすべてが人の生き方を映している。
猫には善も悪もない。
ただ腹が減れば食べ、眠ければ眠る。
だが人間は、心の中にある“見えぬ線”を越えたかどうかで争うのだ。
やがて判決が言い渡された。
「被告を有罪とする」
その瞬間、法廷の空気がひとつ揺れた。
飼い主は小さく息をのむ。
吾輩は思う――
正義とは、誰かを責める言葉ではなく、
再び歩かせるための光であってほしいと。
裁判所を出ると、外はやさしい春の風。
吾輩は空を見上げ、心の中でつぶやいた。
裁きより 赦しの光 春の庭