吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
世界を分けるのが好きである。
東。
西。
東洋。
西洋。
人間はこれを、
文化の違いと呼ぶ。
西洋は、
個を大切にする。
東洋は、
調和を大切にする。
西洋は、
はっきり言う。
東洋は、
空気を読む。
そんな説明を、
吾輩も何度か聞いた。
だが、
吾輩は思う。
そんなに綺麗に、
人間は二つへ分かれるのだろうかと。
東洋にも、
強く自己主張する者はいる。
西洋にも、
周囲との調和を大切にする者はいる。
国が違えば、
歴史も違う。
宗教も違う。
気候も違う。
同じ東洋でも、
同じ西洋でも、
ずいぶん違う。
人間は、
分けることで理解したつもりになる。
だが、
分けすぎれば、
かえって見えなくなるものもある。
吾輩は思う。
大切なのは、
どちらが優れているかではない。
何を大切にしてきたのかを、
互いに見ることだ。
個を尊重する考え方。
全体との調和を重んじる考え方。
論理で積み上げる考え方。
余白や間を感じ取る考え方。
どちらか一つだけでは、
世界は少し窮屈になる。
猫にも、
一匹でいたい時がある。
だが、
寒い夜には、
誰かのそばにいたくなることもある。
個と調和。
自由と関係。
案外、
両方必要なのである。
人間は、
違う文化に出会うと戸惑う。
なぜ、
はっきり言わないのか。
なぜ、
そんなに直接言うのか。
なぜ、
そこまで個人を重んじるのか。
なぜ、
そこまで周囲を気にするのか。
だが、
違いとは、
間違いではない。
自分とは違う方法で、
長く社会をつくってきたということだ。
吾輩は思う。
異文化とは、
相手を知るためだけのものではない。
自分たちの当たり前を、
外から見るための鏡でもある。
東洋を見れば、
西洋が見える。
西洋を見れば、
東洋が見える。
そして、
両方を見れば、
自分の立っている場所も少し分かる。
吾輩は猫である。
東洋猫でも、
西洋猫でもない。
日向があれば座る。
腹が減れば鳴く。
安心できる者には、
少し近づく。
考えてみれば、
生きるために必要なことは、
世界のどこでもそれほど違わないのかもしれぬ。
東洋と西洋とは、
二つの世界ではない。
違う歴史と価値観を持ちながら、
同じ世界を別の角度から見てきた、
二つの窓なのだ。
東西を
比べて見える
我が姿