吾輩は猫である ―ホワイトデー 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 三月になると、人間は少し考え込む。机の上には、白い箱。リボンは整い、中身は甘い。 人間はこれを、ホワイトデーと呼ぶ。 返す日らしい。 もらったものに、応える。それは、礼でもあり、照れ隠しでもある。 猫には、返礼の習慣はない。撫でられれば、目を細める。それだけで十分だ。 だが人間は、形を整える。菓子に気持ちを包み、箱に距離を収める。 大きすぎても、小さすぎても、意味が変わる。人間の世界は、なかなか繊細だ。 渡すとき、言葉は短い。受け取るとき、笑顔は少しぎこちない。それでいい ...
吾輩は猫である ―猫侍ジャパン 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 春になると、人間は急に「侍」を名乗り始める。刀ではなく、バットを握り、国の名を背負って球を追う。 人間はこれを、侍ジャパンと呼ぶ。 なるほど。侍とは、強く振るう者ではない。最後まで立つ者である。 もし猫が侍ジャパンに入るなら、守備は任せてほしい。打球への反応、低い重心、跳躍力。内野守備など、猫の得意分野だ。 ただし、問題が一つある。 ボールが止まると、つい触る。転がると、つい追う。審判の目の前でも、本能は止まらぬ。 それでも、侍という言葉には、少し敬意がある。勝つために戦 ...
吾輩は猫である ―WBC 編(WORLD BASEBALL CATS)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 春になると、人間は急に野球を語り始める。旗が増え、声が大きくなり、一球ごとに世界が揺れる。 人間はこれを、WBC——WORLD BASEBALL CATS……ではなく、WORLD BASEBALL CLASSICと呼ぶ。 だが、猫が出るなら話は別だ。 守備は強い。打球への反応は速く、ジャンプ力も申し分ない。内野守備など、猫に任せれば完璧だろう。 問題は、ルールである。 ボールを見ると、追う。止まると、触る。転がると、さらに追う。 戦術というより、本能だ。 人間は、勝敗を語 ...
吾輩は猫である ―猫の毛と本革シート 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 新しい車の中は、少し誇らしい匂いがする。本革の座面は滑らかで、光を柔らかく返す。 人間は、そっと撫で、満足げにうなずく。 そこへ、吾輩が乗る。 ふわり。 毛は、遠慮を知らぬ。黒にも、白にも、茶にも、平等に残る。 人間は慌てる。粘着ローラーを持ち出し、ブラシを探し、ため息をつく。 だが、毛は悪意ではない。それは、吾輩がここに居た証である。 本革は、時とともに艶を増す。傷も、皺も、馴染んでいく。ならば、毛もまた、一時の記憶にすぎぬ。 完璧な状態を、保とうとするほど、気持ちは窮 ...
吾輩は猫である ―猫桃太郎編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 川上から、大きな桃が流れてきた。人間は驚き、切ろうとする。 待て。それは、中から出る話だ。 人間の物語では、桃から桃太郎が出るらしい。鬼を退治し、宝を持ち帰る。 だが、もし桃から出たのが、吾輩だったらどうする。 きびだんごを配るだろうか。犬と猿と雉を従えるだろうか。鬼ヶ島へ向かうだろうか。 否。 猫は、徒党を組まぬ。必要なら協力するが、無理に仲間を増やさぬ。 鬼とは、外にいるとは限らぬ。欲、慢心、過信。それらは、内側にも住む。 退治すべきは、遠い島より、近い油断である。 ...
吾輩は猫である ―重圧 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 空気が、少し重い。誰も触れていないのに、部屋の中央に、見えぬ何かが置かれている。 人間はそれを、重圧と呼ぶ。 期待という名で届き、責任という形で積まれ、沈黙のまま膨らむ。音はないが、確かに重い。 吾輩は、机の上に乗ってみる。書類は重いが、それは紙の重さではない。決めねばならぬ未来が、重いのだ。 人は、強くなろうとする。だが、重圧は力では動かぬ。抱えれば抱えるほど、足元が揺らぐ。 猫は知っている。重いものは、真下から受け止める。横から押せば、倒れる。 深く座り、呼吸を整え、 ...
吾輩は猫である ―猫的経済安保 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は最近、「経済安全保障」という長い言葉を使う。 供給網、重要物資、技術流出、半導体。難しそうに聞こえるが、要は、止まらぬようにする話である。 吾輩の世界にも、似たものがある。餌の場所、暖の確保、逃げ道の確保。途切れれば、困る。 猫は、一つの皿に頼らぬ。一つの道に絞らぬ。危ういと知れば、別の選択肢を持つ。 備えとは、怯えることではない。余裕を持つことだ。 高い場所に上がり、周囲を見渡す。危険はないか、不足はないか。見張ることは、攻めることではない。 人間は、効率を求め、 ...
吾輩は猫である ―猫と致知 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、一冊の雑誌が置かれている。表紙は静かで、声を張らぬ。 人間はそれを、『致知』と呼ぶ。発行しているのは、致知出版社というらしい。 ページをめくる音は、軽い。だが、書いてある言葉は重い。 成功よりも、生き方。効率よりも、徳。流行よりも、積み重ね。 吾輩は、膝の上に座る。読んでいるのは人間だが、考えているのは、どちらだろう。 致知とは、知に至ると書く。だが、知ることと、至ることは違う。 読むだけでは足りぬ。実践して、磨き、失敗し、戻る。その往復の中で、少しずつ近づく。 ...
吾輩は猫である ―猫と職人 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の工房は、音が少ない。道具が並び、木の匂いが満ち、まだ何も始まっていない。 やがて、一つの音が鳴る。削る音。打つ音。測る音。 人間は、その者を職人と呼ぶ。 多くを語らぬ。説明も少ない。だが、手は迷わない。 吾輩は、作業台の端に座る。邪魔はしない。ただ、見ている。 職人は、速さを競わぬ。派手さも求めぬ。同じ動きを、何度も繰り返す。 繰り返しは、退屈ではない。精度を上げるための、静かな蓄積である。 刃物は研がれ、木は整い、形が現れる。偶然ではない。積み重ねが、形になる。 吾 ...
吾輩は猫である ―アルパカと山羊 編(色々飛ばしてきます)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 草の匂いがする場所で、妙に落ち着いた者と、妙に勢いのある者に出会った。 人間は、前者をアルパカ、後者を山羊と呼ぶ。 アルパカは、風に逆らわぬ。目は半分閉じ、急ぐ理由を持たぬ顔で立っている。 山羊は、急に跳ぶ。低い柵など無意味にし、時に、思考まで飛び越える。 色々、飛ばしてくる。 草も、石も、ときには話題も。脈絡を越え、突然、別の丘に立っている。 吾輩は思う。飛ぶ者は強く見えるが、残る者もまた強い。 アルパカは、動かぬことで均衡を保つ。山羊は、動くことで均衡を探す。 どちら ...









