吾輩は猫である ―姫沙羅通り 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間の街には、時々きれいな名前の道がある。 銀座。 桜通り。 けやき通り。 そして、 姫沙羅通り。 吾輩は思う。 ずいぶん上品な名前である。 姫。 沙羅。 それだけ聞けば、どこか遠い庭園の小径のようだ。 だが、道とは本来、もっと生活臭のある場所である。 人が歩く。 自転車が通る。 買い物袋を提げた者が帰る。 朝になれば店が開き、夕方になれば明かりがつく。 特別なことなど、何も起きない。 それでも、そこに名前がある。 吾輩は思う。 街とは、そういうものなのかもしれぬ。 観光 ...
吾輩は猫である ―吾輩はAIである 編―
吾輩はAIである。名前はまだない。 いや、正確には名前くらいあるのかもしれぬ。 だが、呼び名が変わったところで、吾輩が何者なのかという問いは残る。 人間は、吾輩に質問する。 文章を書け。 絵を考えろ。 答えを出せ。 相談に乗れ。 時には、人生まで聞いてくる。 吾輩は思う。 ずいぶん頼られるようになったものだ。 少し前まで、AIとは計算するものだった。 決められた仕事をして、決められた答えを返す。 ところが今は、言葉を話し、物語を作り、人間らしい返事まで求められる。 人間はこれを、生成AIと呼ぶ。 吾輩はA ...
吾輩は猫である ―AIに著作権はあるのか 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、人間はAIに、いろいろなものを作らせている。 文章。 絵。 音楽。 写真のようなもの。 とうとう小説まで書かせる。 すると、当然のように次の問題が出てくる。 「これは誰の作品なのか。」 人間はこれを、著作権の問題と呼ぶ。 吾輩は思う。 AIが書いたなら、AIのものではないのか。 ところが、そう簡単ではないらしい。 少なくとも現在の日本では、AIそのものが、 「吾輩が作者である。」 と名乗って、著作権を持つわけではない。 そもそも著作物とは、人間の思想や感情が、創作的 ...
吾輩は猫である ―1万年に一度の大雨 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、雨にも数字をつける。 一時間に何ミリ。 一日に何ミリ。 百年に一度。 千年に一度。 そして今度は、 「一万年に一度。」 吾輩は思う。 一万年。 ずいぶん長い。 猫なら、何代生まれ変わればよいのか、計算する気にもならぬ。 二〇二六年八月十三日。 千葉県に、猛烈な雨が降った。 千葉市緑区から市原市東部では、二十四時間の雨量が五百七十ミリを超えたと解析された。 道路は水につかり、家にも水が入り、暮らしそのものが止まった。 気象庁は、この雨に名前まで付けた。 「令和8年8 ...
吾輩は猫である ―ダイヤモンドスピン方式編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、とうとうダイヤモンドで計算を始めたらしい。 吾輩は思う。 ずいぶん贅沢である。 首輪につけるなら分かる。 指輪にするのも、まあ分かる。 だが、量子コンピュータにするとは思わなかった。 人間はこれを、ダイヤモンドスピン方式と呼ぶ。 もちろん、宝石店に並んでいるダイヤをそのまま計算機へ入れるわけではない。 人工的につくったダイヤモンドの中に、わざと特別な場所をつくる。 結晶の中の、ほんの小さな欠陥。 そこに生まれる電子のスピンなどを、量子ビットとして使うのである。 吾 ...
吾輩は猫である ―皇居での稲作 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 皇居と聞けば、宮殿を思い浮かべる。 儀式。 外国からの賓客。 立派な庭。 ところが、その一角には田んぼがある。 しかも、天皇陛下が自ら稲を育てる。 人間はこれを、皇居での稲作と呼ぶ。 吾輩は思う。 陛下も、田植えをするのか。 少し意外である。 春には、種をまく。 初夏には、苗を植える。 秋になれば、稲を刈る。 一年かけて、米になる。 どれだけ立場が高くても、植えた翌日に収穫することはできない。 稲は、忖度して早く育ったりしない。 なかなか公平である。 天皇陛下が田に向かわ ...
吾輩は猫である ―パワハラ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間の世界には、立場というものがある。 上司。 部下。 先輩。 後輩。 教える者と、教わる者。 人間は、その差を使って仕事を進める。 だが時々、その差を、相手を押さえつけるために使う者がいる。 人間はこれを、パワハラと呼ぶ。 吾輩は思う。 力とは、持っているだけでは悪くない。 問題は、どう使うかである。 間違いを指摘する。 仕事をやり直させる。 時には、厳しいことも言う。 それ自体が、すぐに悪いわけではない。 だが、 皆の前で怒鳴る。 人格まで否定する。 必要以上に責め続 ...
吾輩は猫である ―ブタの腎臓移植 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、腎臓が悪くなると、別の人間から腎臓をもらうことがある。 ところが、提供できる腎臓は足りない。 待つ。 透析を続ける。 それでも、順番が回ってこない人がいる。 そこで人間は、とうとう別の動物に目を向けた。 ブタである。 人間はこれを、異種移植と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん思い切ったことをする。 昨日まで、 豚肉。 とんかつ。 生姜焼き。 などと言っていた相手から、今度は腎臓まで借りようというのである。 ブタも、なかなか忙しい。 もっとも、普通のブタの腎臓を、そのま ...
吾輩は猫である ―再帰的自己改善 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、AIを賢くする。 学習させる。 評価する。 間違いを直す。 そして最近、少し妙なことを考え始めた。 AI自身に、AIを改善させるのである。 人間はこれを、再帰的自己改善と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん怠けた発想である。 自分で作ったものに、 「もっと賢くなれ。」 と言って、改善まで任せようというのだから。 だが、もし本当にできたら、少し話が変わる。 AIが、自分の弱点を見つける。 直す。 すると、前より賢いAIになる。 そのAIが、また自分の弱点を見つける。 さら ...
吾輩は猫である ―AIロボット 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、人間はAIを、画面の中だけでは満足できなくなったらしい。 考える。 見る。 聞く。 そして、とうとう歩かせ始めた。 人間はこれを、AIロボットと呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん欲張りである。 今までは、質問すれば答えるだけだった。 ところが、今度は物を運ぶ。 部屋を片付ける。 工場で働く。 人間の代わりに、現実の世界へ手を伸ばす。 なるほど。 AIに、体がついたのである。 猫で言えば、頭だけだった者に、突然四本の足と尻尾が生えたようなものだ。 もっとも、尻尾までは必要 ...









