gonta

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―フレーユの猫(いないかな) 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は言う。「フレーユに猫、いないかな」と。 買い物のついでに、つい視線を低くする。植え込みの影、駐車場の隅、自転車置き場の奥。 いない。 ショッピングモールは、明るく、広く、整いすぎている。猫が身を隠すには、少し眩しい。 それでも、探してしまうらしい。商品よりも先に、生きものを。 吾輩は思う。「いないかな」という言葉は、探すよりも、会いたい気持ちに近いのだと。 いれば嬉しい。いなくても、少し優しくなる。それで十分かもしれぬ。 猫は、人が探している時ほど、姿を見せぬ。だが ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/23

吾輩は猫である ―猫雛壇編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 部屋の一角が、急に高くなる。赤い布が敷かれ、段が重なり、人形が整然と並ぶ。 人間はこれを、雛壇と呼ぶ。 触れるな、近づくな、倒すな。注意の声が、いつもより多い。 吾輩は思う。段差とは、上るためにあるのではないかと。 だが、今日は違うらしい。上るより、眺める日。 内裏雛は最上段。その下に、三人官女、五人囃子。役割があり、順番がある。 整っていることが、美しいとされる日だ。 吾輩は、段の前に座る。飛び乗らぬ。今日は、眺める側でいる。 飾りとは、未来への願い。健やかに、穏やかに ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―洗車後の足跡 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 午後、車がやけに輝いている。水滴は拭き取られ、窓は曇りなく、人間は満足げだ。 どうやら、洗車をしたらしい。 本革も、ボディも、丁寧に整えられた。光は均一で、完璧に近い。 その夜、空気はまだ温かい。ボンネットは、ほどよく心地よい。 吾輩は、そっと乗る。 歩く。止まる。振り返る。 朝、人間は気づく。きれいな曲線の上に、小さな足跡が並んでいる。 ため息。しかし、怒らない。 洗車とは、汚れを消すことだ。だが、足跡は汚れではない。 それは、誰かがそこに居た証。磨き上げたものに、生活 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―猫と車(ボンネットにいないかな)―

吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の駐車場は、まだ空気が冷たい。車は静かに並び、金属は夜の温度を残している。 人間は、鍵を押し、エンジンをかける前に、ふと立ち止まる。 「ボンネットに、いないかな。」 その一言に、少し救われる。 猫は、暖かい場所を知っている。冷えた体にとって、エンジンの余熱は魅力だ。暗く、狭く、静かな場所は、安心にも似ている。 だが、安心は、時に危うい。 ボンネットを軽く叩き、下を覗き、タイヤの周りを確かめる。ほんの数秒の確認が、命を分ける。 吾輩は、少し離れたところからそれを見る。人の ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―投薬補助剤の罠に気付いた猫 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、やけに優しい。声が甘く、撫でる時間が長い。 皿の上には、いつもより香りの強い塊。人間は微笑む。「特別だよ」と。 怪しい。 吾輩は知っている。世の中には、目的のための甘さがある。 一口かじる。旨い。だが、その奥に、微かな違和感。 舌が、真実を拾う。 噛まずに飲ませようとする手つき、視線の揺れ、過剰な励まし。すべてが一致した。 これは、薬だ。 投薬補助剤という、実に巧妙な仕組み。苦さを包み、油断を誘う。 吾輩は、一瞬考える。吐き出すか、受け入れるか。 体調は、確かに少し ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―建国記念日 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 朝が、いつもより澄んでいる。空は高く、風は冷たい。 人間はこの日を、建国記念の日と呼ぶ。 国の始まりを、思い出す日らしい。だが、始まりとは、一度きりの出来事ではない。 人が集まり、暮らし、守り、変え、また守る。その繰り返しの上に、今日がある。 旗が揺れる。色は変わらぬが、見る人は変わる。歴史は、書き足されながら続いていく。 吾輩は思う。建てるとは、壊さぬことではなく、手入れを続けることだと。 家も、庭も、社会も、放っておけば荒れる。静かな維持こそ、最も地味で、最も大きな営 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 暦に、二が三つ並ぶ日がある。人間はそれを、猫の日と呼ぶ。 では、犬の日はあるのか。ときどき、そう問う声が聞こえる。 ある。十一月一日だそうだ。わん、わん、わん。理屈は単純で、少し微笑ましい。 人間は、理由を見つけるのが上手い。数字を並べ、語呂を合わせ、そこに意味を宿す。 猫は二月、犬は十一月。月が違っても、撫でる手の温度は同じである。 比べる必要はない。猫は猫で、犬は犬だ。似ているようで、歩幅が違う。 犬は寄り添い、猫は寄り添わせる。どちらが上でも、下でもない。違いがある ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―春節編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 夜が、いつもより赤い。提灯が連なり、香りが混じり、言葉が幾重にも重なる。 人間はこれを、春節と呼ぶ。 新しい年が、もう一度やってくるらしい。暦が違えば、始まりも違う。それを不思議とは思わぬ。猫にとって、朝は毎日、新年である。 街はにぎわい、火花が空を裂く。音は大きく、光は強い。だが、喜びとは、外の明るさだけではない。 再会する者、帰る者、遠くから来る者。荷物の中には、土産よりも時間が詰まっている。 吾輩は、通りの端で座る。祝わぬが、拒まぬ。異なる始まりを、そのまま受け入れ ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―一般参賀 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の空気が澄み、人の流れが一方向へ向かう。旗が小さく揺れ、声は抑えめに重なる。 人間はこれを、一般参賀と呼ぶ。 集まる理由は、言葉よりも所作にある。遠くを見ること、立ち止まること、同じ方向を向くこと。 吾輩は、少し離れた場所からそれを見る。近づきすぎぬ。だが、背を向けもしない。 姿は遠く、言葉は短い。それでも、人は満ち足りた顔で帰る。 見えたからではない。集ったからだ。 祝いとは、騒ぐことではない。確認することだ。続いているものを、今年も続けるという意思を。 旗は振られ、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/1

吾輩は猫である ―猫天皇 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 ある日、誰も決めぬうちに、その席は空ではなくなっていた。呼ばれたわけでも、望んだわけでもない。 ただ、そこに座っていた。それだけであった。 命じぬ。叱らぬ。声を荒らげることもない。それでも、場は整う。 人は権威を言葉で飾り、力を形にしたがる。だが、真に重いものは、動かぬことにある。 急がず、競わず、昨日と同じ朝を迎える。それを続けることの難しさを、吾輩は知っている。 治めているのではない。支配しているのでもない。ただ、乱れぬ中心として、在り続けているにすぎぬ。 変わらぬ姿 ...