吾輩は猫である ―猫と致知 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、一冊の雑誌が置かれている。表紙は静かで、声を張らぬ。 人間はそれを、『致知』と呼ぶ。発行しているのは、致知出版社というらしい。 ページをめくる音は、軽い。だが、書いてある言葉は重い。 成功よりも、生き方。効率よりも、徳。流行よりも、積み重ね。 吾輩は、膝の上に座る。読んでいるのは人間だが、考えているのは、どちらだろう。 致知とは、知に至ると書く。だが、知ることと、至ることは違う。 読むだけでは足りぬ。実践して、磨き、失敗し、戻る。その往復の中で、少しずつ近づく。 ...
吾輩は猫である ―猫と職人 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の工房は、音が少ない。道具が並び、木の匂いが満ち、まだ何も始まっていない。 やがて、一つの音が鳴る。削る音。打つ音。測る音。 人間は、その者を職人と呼ぶ。 多くを語らぬ。説明も少ない。だが、手は迷わない。 吾輩は、作業台の端に座る。邪魔はしない。ただ、見ている。 職人は、速さを競わぬ。派手さも求めぬ。同じ動きを、何度も繰り返す。 繰り返しは、退屈ではない。精度を上げるための、静かな蓄積である。 刃物は研がれ、木は整い、形が現れる。偶然ではない。積み重ねが、形になる。 吾 ...
吾輩は猫である ―アルパカと山羊 編(色々飛ばしてきます)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 草の匂いがする場所で、妙に落ち着いた者と、妙に勢いのある者に出会った。 人間は、前者をアルパカ、後者を山羊と呼ぶ。 アルパカは、風に逆らわぬ。目は半分閉じ、急ぐ理由を持たぬ顔で立っている。 山羊は、急に跳ぶ。低い柵など無意味にし、時に、思考まで飛び越える。 色々、飛ばしてくる。 草も、石も、ときには話題も。脈絡を越え、突然、別の丘に立っている。 吾輩は思う。飛ぶ者は強く見えるが、残る者もまた強い。 アルパカは、動かぬことで均衡を保つ。山羊は、動くことで均衡を探す。 どちら ...
吾輩は猫である ―フレーユの猫(いないかな) 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は言う。「フレーユに猫、いないかな」と。 買い物のついでに、つい視線を低くする。植え込みの影、駐車場の隅、自転車置き場の奥。 いない。 ショッピングモールは、明るく、広く、整いすぎている。猫が身を隠すには、少し眩しい。 それでも、探してしまうらしい。商品よりも先に、生きものを。 吾輩は思う。「いないかな」という言葉は、探すよりも、会いたい気持ちに近いのだと。 いれば嬉しい。いなくても、少し優しくなる。それで十分かもしれぬ。 猫は、人が探している時ほど、姿を見せぬ。だが ...
吾輩は猫である ―猫雛壇編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 部屋の一角が、急に高くなる。赤い布が敷かれ、段が重なり、人形が整然と並ぶ。 人間はこれを、雛壇と呼ぶ。 触れるな、近づくな、倒すな。注意の声が、いつもより多い。 吾輩は思う。段差とは、上るためにあるのではないかと。 だが、今日は違うらしい。上るより、眺める日。 内裏雛は最上段。その下に、三人官女、五人囃子。役割があり、順番がある。 整っていることが、美しいとされる日だ。 吾輩は、段の前に座る。飛び乗らぬ。今日は、眺める側でいる。 飾りとは、未来への願い。健やかに、穏やかに ...
吾輩は猫である ―洗車後の足跡 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 午後、車がやけに輝いている。水滴は拭き取られ、窓は曇りなく、人間は満足げだ。 どうやら、洗車をしたらしい。 本革も、ボディも、丁寧に整えられた。光は均一で、完璧に近い。 その夜、空気はまだ温かい。ボンネットは、ほどよく心地よい。 吾輩は、そっと乗る。 歩く。止まる。振り返る。 朝、人間は気づく。きれいな曲線の上に、小さな足跡が並んでいる。 ため息。しかし、怒らない。 洗車とは、汚れを消すことだ。だが、足跡は汚れではない。 それは、誰かがそこに居た証。磨き上げたものに、生活 ...
吾輩は猫である ―猫と車(ボンネットにいないかな)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の駐車場は、まだ空気が冷たい。車は静かに並び、金属は夜の温度を残している。 人間は、鍵を押し、エンジンをかける前に、ふと立ち止まる。 「ボンネットに、いないかな。」 その一言に、少し救われる。 猫は、暖かい場所を知っている。冷えた体にとって、エンジンの余熱は魅力だ。暗く、狭く、静かな場所は、安心にも似ている。 だが、安心は、時に危うい。 ボンネットを軽く叩き、下を覗き、タイヤの周りを確かめる。ほんの数秒の確認が、命を分ける。 吾輩は、少し離れたところからそれを見る。人の ...
吾輩は猫である ―投薬補助剤の罠に気付いた猫 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、やけに優しい。声が甘く、撫でる時間が長い。 皿の上には、いつもより香りの強い塊。人間は微笑む。「特別だよ」と。 怪しい。 吾輩は知っている。世の中には、目的のための甘さがある。 一口かじる。旨い。だが、その奥に、微かな違和感。 舌が、真実を拾う。 噛まずに飲ませようとする手つき、視線の揺れ、過剰な励まし。すべてが一致した。 これは、薬だ。 投薬補助剤という、実に巧妙な仕組み。苦さを包み、油断を誘う。 吾輩は、一瞬考える。吐き出すか、受け入れるか。 体調は、確かに少し ...
吾輩は猫である ―建国記念日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝が、いつもより澄んでいる。空は高く、風は冷たい。 人間はこの日を、建国記念の日と呼ぶ。 国の始まりを、思い出す日らしい。だが、始まりとは、一度きりの出来事ではない。 人が集まり、暮らし、守り、変え、また守る。その繰り返しの上に、今日がある。 旗が揺れる。色は変わらぬが、見る人は変わる。歴史は、書き足されながら続いていく。 吾輩は思う。建てるとは、壊さぬことではなく、手入れを続けることだと。 家も、庭も、社会も、放っておけば荒れる。静かな維持こそ、最も地味で、最も大きな営 ...
吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 暦に、二が三つ並ぶ日がある。人間はそれを、猫の日と呼ぶ。 では、犬の日はあるのか。ときどき、そう問う声が聞こえる。 ある。十一月一日だそうだ。わん、わん、わん。理屈は単純で、少し微笑ましい。 人間は、理由を見つけるのが上手い。数字を並べ、語呂を合わせ、そこに意味を宿す。 猫は二月、犬は十一月。月が違っても、撫でる手の温度は同じである。 比べる必要はない。猫は猫で、犬は犬だ。似ているようで、歩幅が違う。 犬は寄り添い、猫は寄り添わせる。どちらが上でも、下でもない。違いがある ...









