吾輩は猫である ―株上がる説は本当か?編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 数字が、上下している。理由は語られ、理屈も並ぶ。だが、結果は一つではない。 人間はこれを、株と呼ぶ。 上がると言う者、下がると言う者。どちらにも、それらしい根拠がある。 吾輩は思う。予測とは、なかなか曖昧なものだと。 未来は、まだ起きていない。だからこそ、語り放題である。 情報は多い。分析も深い。だが、確実なものは少ない。 人間は、理由を求める。なぜ上がるのか、なぜ下がるのか。 だが、すべてが説明できるわけではない。 流れ、期待、タイミング。それらが重なり、動く。 猫は、 ...
吾輩は猫である ―OPEC脱退 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 同じ枠の中で、同じ動きを続ける。それは、安定を生む。 人間はそれを、OPECと呼ぶ。 足並みを揃え、方向を合わせ、全体で影響を持つ。 だが、時に、そこから離れる者がいる。 人間はそれを、脱退と呼ぶ。 外に出れば、自由は増える。だが、支えも減る。 内にいれば、制約はある。だが、安定もある。 吾輩は思う。選択とは、どちらかを捨てることだと。 すべてを持つことは、できぬ。 離れる決断には、理由がある。環境、目的、将来の見通し。 それらを踏まえ、自らの道を選ぶ。 だが、選んだ後は ...
吾輩は猫である ―出光丸 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 大きなものは、静かに動く。音は小さく、波も穏やかに見える。 人間はそれを、出光丸と呼ぶ。 遠くの資源を運び、目に見えぬ形で、日常を支える。 速くはない。だが、止まらぬ。 吾輩は思う。本当に重要なものほど、目立たぬと。 小さな動きは、すぐに気づかれる。だが、大きな流れは、普段は意識されぬ。 止まった時に、初めてわかる。 その重さを。 航路は決まっている。だが、海は常に変わる。風、波、状況。 それでも、進み続ける。 調整しながら、逸れず、焦らず。 それが、大きなものの動き方で ...
吾輩は猫である ―文豪 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 言葉は、積み重ねるほどに、重くなる。軽くは書けぬ。だが、重すぎても届かぬ。 人間はそれを、文豪と呼ぶ。 多くを書いた者か。深く書いた者か。あるいは、残った者か。 定義は一つではない。 吾輩は思う。文豪とは、時を越える言葉を持つ者だと。 その時だけの言葉は、やがて消える。だが、何度でも読まれるものは、形を変えて残る。 流行に乗らず、流れを見て、その奥をすくう。 それが、深さである。 書く者は、孤独である。だが、読む者が現れた時、時間を越えてつながる。 直接ではない。だが、確 ...
吾輩は猫である ―作家 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 白い紙の前で、動かぬ時間がある。書けば進むが、書けぬと止まる。 人間はこれを、作家と呼ぶ。 外からは見えぬ。だが、内側では、多くが動いている。 言葉を探し、並べ、削り、また戻す。 一行に、時間がかかる。だが、その一行が、全体を支える。 吾輩は思う。書くとは、足すことではないと。 削ることでもある。 残す言葉と、捨てる言葉。その選び方で、輪郭が決まる。 人間は、伝えようとする。だが、すべては書けぬ。だからこそ、余白が生まれる。 読まれることで、完成する。だが、書く段階では、 ...
吾輩は猫である ―芸能生活 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 光が、常にある場所がある。強く、逃げ場のない光。 人間はそれを、芸能生活と呼ぶ。 見られることが、前提となる。振る舞いも、言葉も、常に外へ向いている。 だが、光の裏には、必ず影がある。 吾輩は思う。見られるとは、なかなか重いことだと。 期待され、比較され、評価される。それでも、立ち続ける。 同じように見えて、同じ日はない。調子の良い日も、そうでない日も、すべてが並ぶ。 人間は、華やかさを見る。だが、続けるための整えは、あまり見えぬ。 体調、気持ち、距離。それらを保ちながら ...
吾輩は猫である ―団体戦編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 一匹ではなく、複数で臨む。それだけで、意味が変わる。 人間はこれを、団体戦と呼ぶ。 それぞれに、役割がある。得意な者、粘る者、流れを変える者。 同じ力でも、順番が変われば、結果は変わる。 吾輩は思う。団体とは、足し算ではないと。 一人が勝てばよいわけではない。全体で、一つの結果を作る。 調子の良い者がいれば、そうでない者もいる。それでも、支え合い、流れを保つ。 自分の一局だけを見れば、狭くなる。全体を見れば、役割が変わる。 攻めるべき時、耐えるべき時。それは、自分ではなく ...
吾輩は猫である ―沙羅 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝、気づけば花が落ちている。音もなく、気配だけを残して。 人間はこれを、沙羅と呼ぶ。 咲いている姿より、落ちた後に気づかれる花。一日で散るとも言われ、長くは留まらぬ。 だが、短さは、軽さではない。 一瞬に、すべてを込める。それが、沙羅の在り方だ。 吾輩は思う。長く続くことだけが、価値ではないと。 短くても、深ければ残る。見逃されても、確かに在ったものは消えぬ。 人間は、目立つものを追う。だが、静かなものほど、後から心に残る。 朝露の中で、白い花が地にある。誰も見ていなくて ...
吾輩は猫である ―坂道 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 道が、少しだけ傾いている。平らなはずの場所が、いつの間にか上りになっている。 人間はこれを、坂道と呼ぶ。 進むだけで、少し重い。同じ歩みでも、息が変わる。 だが、止まる理由にはならぬ。 吾輩は思う。上りとは、見えぬ負荷だと。 一歩ごとに、確かに消耗する。だが、それは確かに積み上がる。 振り返れば、景色が変わる。高さは、後からわかる。 人間は、楽な道を好む。だが、楽な道には、変化が少ない。 坂は、負担である。だが、意味もある。 上る途中は、ただきつい。だが、越えた後に、形に ...
吾輩は猫である ―技術士受験再起編―
吾輩は猫である。一度、届かなかったという。 人はそれを「不合格」と呼ぶ。線を引かれ、区切られ、こちら側とあちら側に分けられる。 だが吾輩から見れば、それは少し違う。 試験とは、結果である前に、過程である。書いたこと、考えたこと、そして問われたときに、どう答えたか。 それらが、形になったに過ぎぬ。 ゆえに、届かなかったという事実は、否定ではない。ただ、まだ一致していなかったというだけである。 問われているものと、示したものが。 人は悔いる。なぜあのとき、あの言葉が出なかったのかと。 だが、それもまた当然であ ...









