吾輩は猫である ―歯周チェック 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、歯が痛くなってから、ようやく気にすることがある。 だが、口の中の異変は、痛くなる前から始まっている。 人間はこれを、歯周チェックと呼ぶ。 歯ぐきの色。 腫れ。 出血。 口臭。 歯のぐらつき。 どれも、小さな変化である。 だが、小さいからといって、軽いとは限らぬ。 吾輩は思う。 見えにくい場所ほど、定期的に見てもらう必要があると。 人間は、鏡で歯を見る。 だが、歯ぐきの奥までは分からぬ。 だから、専門家に診てもらう。 それは、悪くなったから行くのではない。 悪くなら ...
吾輩は猫である ―ウイルス性いぼ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 小さなものほど、侮ってはならぬ。 最初は、ほんの小さな違和感。 そのうち治る。 そう思って、人間は放っておく。 人間はこれを、ウイルス性いぼと呼ぶ。 痛くない。 急がない。 だから、後回しになる。 だが、気づけば少し大きくなり、数も増えることがある。 吾輩は思う。 問題とは、大きくなってから現れるのではない。 小さいうちから、そこにいる。 猫も、毛並みの変化や、小さな傷を、よく舐めて確かめる。 人間も、体の小さな変化を、見逃してはならぬ。 「そのうち治る。」 その言葉が、 ...
吾輩は猫である ―終戦記念日 編(人間は学んだのか)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 八月十五日。 人間は、少し静かになる。 八十年を越える昔、長く続いた戦争が終わった日である。 人間はこれを、終戦記念日と呼ぶ。 終戦。 なんとも穏やかな言葉である。 だが、そこへ至るまでに、あまりにも多くの命が失われた。 戦場で倒れた者。 空襲で家を失った者。 異国から帰れなかった者。 そして、帰ってきた後も、戦争を背負い続けた者。 人間は誓った。 もう二度と、こんなことは繰り返さないと。 吾輩は思う。 それから八十年以上も経ったのだから、さぞ人間は賢くなったのだろうと。 ...
吾輩は猫である ―エアコンクリーニング 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 ある日、いつもの風が止まった。 見知らぬ人間が来て、エアコンを分解し始める。 人間はこれを、エアコンクリーニングと呼ぶ。 高い所で、ガチャガチャ。 水が流れ、黒い汚れが落ちていく。 吾輩は少し離れて、様子を見る。 猫は、知らない音に敏感である。 知らない人にも、少し警戒する。 だが、終わってみると、風が変わる。 冷たいだけではない。 どこか、澄んでいる。 吾輩は思う。 汚れとは、毎日少しずつ積もるものだと。 昨日は気にならなかった。 今日も気づかなかった。 それでも、一年 ...
吾輩は猫である ―第一種動物取扱業 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、動物を好きと言う。 だが、好きだけでは、預かることはできない。 人間はこれを、第一種動物取扱業と呼ぶ。 命を扱う者には、責任がある。 餌を与える。 健康を守る。 清潔を保つ。 逃がさない。 病気を広げない。 どれも、当たり前のようで、当たり前ではない。 吾輩は思う。 命とは、商品ではない。 一匹一匹に、性格があり、癖があり、好き嫌いがある。 同じ猫は、一匹としていない。 だから、決まりを守ることは、役所のためではない。 猫のためである。 人間は、資格を取れば終わり ...
吾輩は猫である ―夏休み帰省ラッシュ 編(新幹線、車、フェリー)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 夏になると、人間は一斉に動き出す。 駅へ。 高速道路へ。 港へ。 人間はこれを、帰省ラッシュと呼ぶ。 新幹線では、大きな荷物を抱え、指定席を探し、ホームを急ぐ。 車では、渋滞に並び、サービスエリアで休み、長い距離を少しずつ進む。 フェリーでは、車ごと船に乗り込み、海の上で時間を渡る。 行き方は違う。 だが、向かう先は似ている。 久しぶりの家。 懐かしい顔。 「帰ってきたね」と言ってくれる場所。 吾輩は思う。 帰省とは、移動することではないと。 自分の原点へ、少しだけ戻るこ ...
吾輩は猫である ―山の日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 山は、静かである。 風の音。 鳥の声。 木々が揺れる音だけが、ゆっくりと時を刻む。 人間は、この日を山の日と呼ぶ。 山に親しみ、その恵みに感謝する日。 だが、山にはもう一つの記憶がある。 忘れてはならない、深い悲しみの記憶である。 ある夏の日。 多くの人が、家族のもとへ帰る途中だった。 楽しみにしていた再会。 約束していた「またね」。 その願いは、山へ消えた。 吾輩は思う。 時は、悲しみを消してはくれない。 それでも、人は生きていく。 残された人は、大切な人を想いながら、 ...
吾輩は猫である ―猫シェアハウス 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 一つ屋根の下に、何匹もの猫が暮らしている。 朝になれば、それぞれが好きな場所へ向かう。 窓辺。 ソファ。 キャットタワー。 人間の膝。 誰も、同じ場所ばかり選ばぬ。 人間はこれを、シェアハウスと呼ぶ。 「みんな仲良しですね。」 そう言われることもある。 いや、少し違う。 仲が良い日もある。 少し距離を置きたい日もある。 猫は、無理をしない。 吾輩は思う。 一緒に暮らすとは、同じことをすることではない。 互いの距離を知ることだ。 眠りたい者は眠る。 遊びたい者は遊ぶ。 一匹 ...
吾輩は猫である ―酷暑日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝から、空気が重い。 陽が昇ったばかりだというのに、地面はすでに熱を持ち、窓辺にも逃げ場がない。 人間はこれを、酷暑日と呼ぶ。 暑いという言葉だけでは、足りないらしい。 少し歩くだけで、汗が流れる。 車の中は、あっという間に熱くなる。 道路も、屋根も、室外機の風も、街全体を温めていく。 吾輩は思う。 こういう日は、我慢してはならぬ。 猫は、暑ければ動かない。 涼しい床を探し、日陰へ移り、水を飲み、体力を使わぬ。 それは、怠けではない。 命を守るための、正しい判断である。 ...
吾輩は猫である ―日本人1.2億人割れ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間の数が、また一つの境を越えたらしい。 一億二千万人。 それを下回ったと、人間は数字を見つめている。 出生数。死亡数。高齢化。人口減少。 難しい言葉が並ぶが、要するに、生まれる者より、去っていく者が多いということだ。 吾輩は思う。 人が減るとは、数字が小さくなることだけではない。 学校から、子供の声が減る。 商店街から、店の明かりが消える。 バスの本数が減り、病院や介護を支える者も少なくなる。 一人減るたびに、その人が担っていた役割も、少しずつ失われていく。 人間は、子 ...









