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【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―建国記念日 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 朝が、いつもより澄んでいる。空は高く、風は冷たい。 人間はこの日を、建国記念の日と呼ぶ。 国の始まりを、思い出す日らしい。だが、始まりとは、一度きりの出来事ではない。 人が集まり、暮らし、守り、変え、また守る。その繰り返しの上に、今日がある。 旗が揺れる。色は変わらぬが、見る人は変わる。歴史は、書き足されながら続いていく。 吾輩は思う。建てるとは、壊さぬことではなく、手入れを続けることだと。 家も、庭も、社会も、放っておけば荒れる。静かな維持こそ、最も地味で、最も大きな営 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 暦に、二が三つ並ぶ日がある。人間はそれを、猫の日と呼ぶ。 では、犬の日はあるのか。ときどき、そう問う声が聞こえる。 ある。十一月一日だそうだ。わん、わん、わん。理屈は単純で、少し微笑ましい。 人間は、理由を見つけるのが上手い。数字を並べ、語呂を合わせ、そこに意味を宿す。 猫は二月、犬は十一月。月が違っても、撫でる手の温度は同じである。 比べる必要はない。猫は猫で、犬は犬だ。似ているようで、歩幅が違う。 犬は寄り添い、猫は寄り添わせる。どちらが上でも、下でもない。違いがある ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―春節編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 夜が、いつもより赤い。提灯が連なり、香りが混じり、言葉が幾重にも重なる。 人間はこれを、春節と呼ぶ。 新しい年が、もう一度やってくるらしい。暦が違えば、始まりも違う。それを不思議とは思わぬ。猫にとって、朝は毎日、新年である。 街はにぎわい、火花が空を裂く。音は大きく、光は強い。だが、喜びとは、外の明るさだけではない。 再会する者、帰る者、遠くから来る者。荷物の中には、土産よりも時間が詰まっている。 吾輩は、通りの端で座る。祝わぬが、拒まぬ。異なる始まりを、そのまま受け入れ ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/22

吾輩は猫である ―一般参賀 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の空気が澄み、人の流れが一方向へ向かう。旗が小さく揺れ、声は抑えめに重なる。 人間はこれを、一般参賀と呼ぶ。 集まる理由は、言葉よりも所作にある。遠くを見ること、立ち止まること、同じ方向を向くこと。 吾輩は、少し離れた場所からそれを見る。近づきすぎぬ。だが、背を向けもしない。 姿は遠く、言葉は短い。それでも、人は満ち足りた顔で帰る。 見えたからではない。集ったからだ。 祝いとは、騒ぐことではない。確認することだ。続いているものを、今年も続けるという意思を。 旗は振られ、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/1

吾輩は猫である ―猫天皇 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 ある日、誰も決めぬうちに、その席は空ではなくなっていた。呼ばれたわけでも、望んだわけでもない。 ただ、そこに座っていた。それだけであった。 命じぬ。叱らぬ。声を荒らげることもない。それでも、場は整う。 人は権威を言葉で飾り、力を形にしたがる。だが、真に重いものは、動かぬことにある。 急がず、競わず、昨日と同じ朝を迎える。それを続けることの難しさを、吾輩は知っている。 治めているのではない。支配しているのでもない。ただ、乱れぬ中心として、在り続けているにすぎぬ。 変わらぬ姿 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/15

吾輩は猫である ―222 猫の日 編―

吾輩は猫である。名前はまだな 暦に、同じ数字が並ぶ日がある。二、二、二。人間は少し騒がしくなる。 どうやら、猫の日らしい。 普段は気づかぬくせに、今日はやけに写真を撮る。特別なおやつが出て、声の調子も柔らかい。 吾輩は思う。猫であることに、日付は必要だろうかと。 猫は、毎日が猫である。甘える日も、離れる日も、同じ顔で暮らしている。 だが、悪くはない。年に一度くらい、人間が素直になる日があっても。 棚には猫の絵、画面にも猫、店先にも猫。急に増えた気がするが、元からいたのは吾輩のほうだ。 二が三つ並ぶだけで、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/7

吾輩は猫である ―猫の恩返し 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 人間はよく言う。「恩返しって、何をすればいいんだろう。」吾輩は思う。猫にとっての恩返しは、大げさなものではない。 助けてもらったから、何かを返す。世話になったから、報いる。それは人間の論理だ。 猫の恩返しは、今日もここにいること。 具合の悪い日、吾輩はそっと近くに座る。撫でなくていい。声もいらない。ただ、逃げない。 それが、最大の返礼だ。 飼い主が疲れて帰った夜、吾輩は少し早めに膝に乗る。特別なことはしない。喉を鳴らし、温度を渡すだけだ。 猫は借りを数えない。だが、信頼は覚 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/7

吾輩は猫である ―総選挙 センター争い 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 街が、急に騒がしくなった。壁という壁に顔が貼られ、声という声が、少しずつ大きくなる。 人間はこれを、総選挙と呼ぶらしい。 皆、前へ出たがる。真ん中に立ちたがる。センターとは、光の集まる場所だと信じているのだ。 約束は多く、言葉は軽く、語尾はやけに断定的である。未来は、もう決まったかのように語られる。 吾輩は、少し離れた場所でそれを見ている。争っているのは、立ち位置であって、責任ではないように思えたからだ。 本来、中心とは、声を張る場所ではない。周囲が動いても、揺れぬ点であ ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/7

吾輩は猫である ―肩のり猫 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 吾輩の居場所は、床でも、膝でも、棚の上でもない。今日は肩である。 人の肩は不安定だ。少し動けば揺れ、呼吸で上下する。だが、その揺れが心地よい。世界が少し高くなり、音が遠ざかる。 肩に乗るには条件がある。焦らぬこと。急に立ち上がらぬこと。そして、信頼を裏切らぬこと。 飼い主は動きを抑え、声を低くする。吾輩は爪を立てず、体重を分散させる。これは共演だ。 人はよく言う。「重くない?」吾輩は思う。重さとは、体重のことではない。預けられるかどうか、その一点だ。 肩の上から見る景色は、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/2/7

吾輩は猫である ―猫五輪 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 吾輩は猫である。名前はまだない。 街が、急に一つの言葉を繰り返し始めた。旗が増え、音が大きくなり、人の目が、遠くを向く。 人間はこれを、五輪と呼ぶ。 競い、測り、並べ、順位をつける。世界は一瞬、一直線になる。 人は言う。速い者が偉く、高い者が強く、多く獲る者が称えられるのだと。 吾輩は、少し離れた場所でそれを見る。猫にとって、速さは生き延びる術であり、誇るものではない。 跳ぶのも、登るのも、本来は静かな行為だ。拍手があるから、するわけではない。 表彰台の上では、笑顔が整え ...