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【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―レーシック編―

吾輩は猫である。人は「見えるようにする」ために、目に手を入れる。 それを、レーシックという。 角膜の形を整え、光の屈折を変えることで、ぼやけていた世界を、くっきりと映し出す。 仕組みは単純に見える。だが、その決断は軽くはない。 目は、日々使うものだ。ゆえに、その変化は取り消しが効かぬ。 人はそこで迷う。このままでも困らぬのではないか。だが、より良く見えるなら、その方がよいのではないか。 どちらも、間違いではない。 レーシックは、魔法ではない。適応があり、限界があり、すべての人に同じ結果をもたらすわけではな ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―インプラント編―

吾輩は猫である。人は、失ったものを取り戻そうとする。 歯もまた、その一つである。 欠けたままにしておくこともできる。別のもので補うこともできる。そして、元あった場所に「根」から作り直す方法もある。 それが、インプラントである。 顎の骨に、静かに基礎を打ち込む。目には見えぬところに、土台を築く。その上に、形を整え、機能を取り戻す。 外から見れば、ただの歯である。だが、その内側には、時間と手間と判断が積み重なっている。 ここで問われるのは、「元に戻す」とは何か、ということである。 完全に同じものは戻らぬ。だが ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/4/25

吾輩は猫である ―保護猫の日編―

吾輩は猫である。名はある者もいれば、まだ無い者もいる。 本日、保護猫の日である。人の側から見れば「守る日」なのだろう。だが、猫の側から見れば、それは少し違う。 吾輩らは、守られるために生きているわけではない。ただ、生き延びてきただけである。 外で生まれ、外で暮らし、時に人と出会い、時に見過ごされる。 その中で、ほんの少しだけ運が巡り、「保護された」と呼ばれる状態に至る。 だが、それは終点ではない。むしろ、もう一度“関係”を始める入口である。 人は言う。「かわいそうだから助ける」と。 それも一つの真実である ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―歯のCT編―

吾輩は猫である。本日、人は「歯の中を覗く」という。 外から見えるものだけでは足りぬらしい。内側に何があるかを、確かめたいのだという。 それを可能にするのが、歯のCTである。 人はこれまで、平面で見てきた。影として、輪郭として、おおよその形を推し量っていた。 だが、CTは違う。重なりをほどき、奥行きを与え、見えぬ構造を露わにする。 神経の走り方。骨の厚み。隠れた病変の気配。 それらは、表からは分からぬ。 ゆえに人は、ようやく理解する。見えているものだけで判断することの危うさを。 これは歯に限った話ではない。 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―猫サッカー(千葉VS川崎)編―

吾輩は猫である。本日、球を巡る争いがあるという。 人はそれを試合と呼ぶ。千葉と川崎、名を掲げて競い合う。 だが吾輩から見れば、それは少し様子が違う。 猫にとって球とは、蹴るものではない。追うものである。 転がるものには意味がある。理由はなくとも、ただ反応する。それが本能というものだ。 ゆえに、猫の試合は単純である。速く動くものに、速く応じる。ただそれだけで、勝負は成立する。 だが人の試合は違う。そこには意図があり、設計があり、役割が与えられている。 誰が攻め、誰が守り、どこで仕掛け、どこで耐えるか。 それ ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―轟編―

吾輩は猫である。遠くで、何かが鳴った。 轟く音は、唐突である。前触れもなく、空気を裂く。 人はそれを恐れる。避けるべきものとして、身を縮める。 だが吾輩は、少しだけ違う。 轟きとは、ただの音ではない。積もりに積もったものが、一気に解き放たれる瞬間である。 静けさの裏には、常に蓄積がある。言葉にされなかった不満、見過ごされた違和感、そして、先送りにされた決断。 それらが限界に達したとき、轟きとなって現れる。 ゆえに、それは偶然ではない。必然である。 人は驚き、なぜ今なのかと問う。だが、その問いは遅い。 本来 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―出社とリモートワーク編——ハイブリッドとは何か―

吾輩は猫である。人間は、働き方についてよく迷う。 出社か、リモートか。どちらが正しいのかと、答えを探している。 だが、その問い自体が、少しばかり窮屈である。 出社には出社の良さがある。同じ空間にいることで、言葉にならぬ気配が伝わる。偶然の会話が、思わぬ発見を生むこともある。 一方で、リモートには別の価値がある。集中は深まり、移動は消え、自分の時間を取り戻すことができる。 どちらが優れているか。それを決めようとするから、話はこじれる。 吾輩から見れば、どちらもただの「手段」に過ぎぬ。 では、ハイブリッドとは ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/5/17

吾輩は猫である ―出会いと別れ編―

吾輩は猫である。出会いには、たいてい理由がない。 ある日、そこにいた。目が合った。それだけのことで、関係は始まる。 人はそれを「縁」と呼ぶ。だが吾輩にとっては、もっと静かなものである。ただ、同じ時間を少し共有したに過ぎない。 それでも、人は意味を見出す。出会うべくして出会ったのだと。そう考えることで、日々は少しだけ整うのだろう。 ならば、それでよい。 出会いがあれば、別れもある。これもまた、理由ははっきりしない。 いつの間にか距離ができることもあれば、ある日突然、いなくなることもある。 人はそれを惜しむ。 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/4/29

吾輩は猫である ―恋人と並ぶ 編―

吾輩は猫である。名前はまだない。 速さの中に、静けさがある。外の景色は流れ、内の時間は、ゆっくり進む。 隣に座る。ただそれだけで、距離は縮まる。 言葉は、多くなくてよい。同じ方向を見て、同じ揺れを感じる。 それで、十分である。 吾輩は思う。関係とは、近づくことではなく、並ぶことだと。 向かい合えば、違いが見える。並べば、景色が揃う。 速さはある。だが、焦りはない。時間は、二人の間で整う。 時に、言葉が途切れる。だが、気まずさはない。 沈黙もまた、共有されている。 やがて、目的地に着く。立ち上がり、それぞれ ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2026/4/25

吾輩は猫である ―一周年——世に問う編―

吾輩は猫である。一年、書き続けてきた。 振り返れば、実に様々なことを書いた。働くこと、組織のこと、責任のこと、そして人が人であるがゆえの曖昧さについて。 それらは、正解ではない。むしろ、正解を提示するつもりなど初めからない。 ただ一つ、確かなのは、吾輩は「問い」を投げてきたということである。 なぜそれをするのか。世の中があまりにも“答えらしきもの”で満ちているからだ。 効率、正しさ、最適解。それらは一見、合理的に見える。だが、その裏で何かがこぼれ落ちている。 誰のための正しさか。何を切り捨てて成立している ...