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【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/23

吾輩は猫である ―猫 海に戻る 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 久しぶりに、潮の匂いが鼻に触れた。遠くで波が砕け、海鳥の声が空を横切っていく。この場所は、吾輩が生まれた“海沿いの町”。風は昔のことを全部覚えているようだ。 飼い主と暮らす都会の生活はにぎやかで、窓から見える景色も常に変わる。だが、心のどこかでいつも、この波の音だけは特別な響きを持っていた。 砂浜に足を下ろすと、ひんやりとした粒のひとつひとつがまるで「おかえり」と言っているようだった。潮風が毛並みをゆらし、吾輩はゆっくりと目を閉じた。 かつて、ここで母猫と並んで見た夕日。幼 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/22

吾輩は猫である ―いい夫婦―

吾輩は猫である。名はまだない。 家の中には二人の声がある。朝はトーストの香り、夜は湯気の立つ味噌汁。同じ屋根の下、同じ時間をゆっくりと分け合って生きる――それが、この家の“いい夫婦”という姿らしい。 喧嘩もする。飼い主の片方がむすっとして、もう片方が黙って洗い物をしていることもある。吾輩はその間をそっと歩き、気まずい空気を毛づくろいの音でほぐす。やがてどちらかが、「ごめん」と小さく呟く。それで終わる。 互いに譲り合うでもなく、かといって離れすぎることもない。ふたりの距離は、こたつの中で足が触れたときのよう ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/22

吾輩は猫である ―猫2世 編―

吾輩は猫である。名はまだない。けれど、飼い主はときどきこう呼ぶ。「○○の二世」――どうやらこの家には、かつて“初代吾輩”がいたらしい。 押入れの奥には、小さな首輪と古い写真。そこには、自分によく似た猫が写っていた。まっすぐな目つき、少し曲がったしっぽ。吾輩はその姿に、なぜか懐かしさを覚えた。 飼い主が言う。「この子も、あの子と同じように日なたが好きなんだね。」吾輩はごろりと寝転び、その言葉の意味を考えた。――生まれ変わるとは、ただ姿を変えて続くことかもしれぬ。 夜、飼い主が写真を見ながら微笑んだ。「また会 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ―結婚記念日 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 今夜の食卓は、いつもと違う香りがした。テーブルには花、グラスにはワイン。飼い主たちは少し照れくさそうに笑っている。「今日で十年目だね」――どうやら結婚記念日らしい。 吾輩はその足元に座り、静かにしっぽを揺らした。十年という歳月。人にとっては長いかもしれぬが、猫にとっては、いくつもの春と冬を重ねるほどの時だ。 思い返せば、喧嘩もあった。泣き声の夜も、笑い声の朝も。だが、どんなときも二人は同じ家に戻り、同じカップでお茶を飲んでいた。それが、愛というものなのだろう。 飼い主が吾輩 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ― 猫のマーキング 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 この世界には、目に見えぬ境界がある。それを人は「敷地」と呼び、吾輩は「縄張り」と呼ぶ。違うのは名前だけで、意味はそう変わらぬ。 吾輩は今日も、庭の石灯籠の前でしっぽを立てる。これは単なる生理現象ではない。――生きている証である。 飼い主は困った顔をして言う。「またやったの? ダメよ」ふむ、分かってはいる。だが吾輩としても、この家が“吾輩の城”であることを、風に知らせねばならぬのだ。 夜の風に混じるのは、他の猫たちのメッセージ。「ここは通り道」「ここは恋の季節」そんな暗号が、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ―職域団体対抗将棋大会3位 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 日曜の朝、飼い主はスーツに身を包み、黒い将棋バッグを抱えて出かけていった。「今日は職域対抗戦、団体戦だ」と言い残し、やけに凛々しい背中である。 吾輩は窓辺に座り、その帰りをじっと待った。夕方、玄関のドアが開く音――飼い主の顔は、疲れているのにどこか誇らしい。 「3位だったよ」その声には、勝ち負けを超えた余韻があった。手の中の記念楯が、夕陽を反射して光っていた。 夜、飼い主は対局の再現を始めた。「この一手、△8四歩が勝負だったな」吾輩は将棋盤の端に座り、駒の音を子守唄のように ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ―日本一高い温泉 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 山の空気は薄く、風は澄みきっている。飼い主が背負うリュックの中で、吾輩は小さく丸まっていた。今日の目的地は「日本一高い温泉」――空に一番近い湯だという。 山小屋を越え、岩を渡り、ようやくたどり着いたその場所は、まるで雲の中に浮かぶような静けさだった。湯けむりが白く立ちのぼり、あたりは硫黄の香りに包まれている。 飼い主が足を湯に浸す。「あったかいねぇ」と微笑んだ。吾輩はその膝の上にのり、蒸気のぬくもりを毛並みに感じた。風は冷たく、湯はやさしい。この対照が、まるで人生そのものの ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ― 猫ハーネス 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 ある日、飼い主が新しい首輪を持ってきた。と思いきや、それは胴に巻きつく奇妙な布の帯――「ハーネス」というらしい。 「これでお散歩しようね」と飼い主は笑う。ふむ、吾輩を束ねて連れ出すとは、なかなか大胆な宣言である。しかし、興味が勝った。窓の向こうの世界を、ずっと眺めるだけでは飽き足らなかったのだ。 カチリ。金具の音とともに扉が開く。外の空気が胸に飛び込んできた。土の匂い、風の音、鳥の声――それはすべて新鮮で、少しだけ怖くて、でも確かに生きていた。 吾輩は一歩、また一歩と進む。 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ― 新嘗祭編―

吾輩は猫である。名はまだない。 庭の柿は橙に色づき、稲穂は金に波打っていた。飼い主が夕暮れに小さな俵を手に言った。「今日は新嘗祭の日だよ」 その声はいつもより柔らかく、まるで誰かに語りかけるようだった。どうやら、人はこの日に“新しい米”を神に供え、収穫の恵みに感謝するらしい。 吾輩はちゃぶ台の下から見ていた。土の香りがまだ残る米を炊き、湯気の向こうに小さな湯呑を並べる。それだけのことが、なぜだかとても荘厳に見えた。 人は忘れがちだが、生きるとは“いただくこと”の連なりである。風の運ぶ花粉、雨のしみた大地、 ...

【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

2025/11/8

吾輩は猫である ― 技術士合格(二次試験)編―

吾輩は猫である。名はまだない。 この数か月、飼い主はずっと机にかじりついていた。紙の束、蛍光ペン、深夜のコーヒー。時々うなり声を上げ、「リスク分析」「要件定義」など人間には重要らしい言葉をぶつぶつ呟いていた。 吾輩は、その足元で静かに見守っていた。眠気と戦う背中に、小さく寄り添うのが吾輩の仕事である。 そして今日――ポストの前で飼い主が封筒を開けた瞬間、「やった……合格だ!」と声を上げた。その顔は、夜明けのように輝いていた。 吾輩は思った。“技術士”とは、ただ頭の良い者の称号ではない。苦しい日々を超えて、 ...