吾輩は猫である ―猫好きさん大集合 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 今日、商店街の広場で「猫好きさん大集合」のイベントが開かれた。飼い主が嬉しそうに吾輩をキャリーに入れ、「今日は君が主役だよ」と言った。――ふむ、主役ならば堂々と行こう。 広場には、実に多くの猫と人間。長毛、短毛、まん丸、スリム、鳴き声も毛並みも、それぞれに個性が光る。けれど、みんなの目がやさしい。「かわいいね」「ふわふわだね」――その言葉が風にのって、まるで春の花びらのように舞っていた。 猫を抱く手、カメラを構える目、笑う声、子どもの驚き。どれも吾輩にとっては、“人の心がほ ...
吾輩は猫である ―猫の靴下 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 この家には、吾輩の天敵がいる。――それは“洗濯機”である。ガタガタと音を立て、ときどき飼い主の靴下を一枚だけ飲み込むのだ。 ある朝、飼い主が騒いでいた。「また片方がない!」どうやら靴下の片割れが行方不明らしい。吾輩はしらばくれた顔で、ベッドの下に隠した“宝物”をそっと見た。ふわふわで、ちょうど噛みごたえがよい。夜な夜な枕元へ持っていく、吾輩のお気に入りだ。 だが、飼い主が泣きそうな顔で探しているのを見て、少し胸が痛んだ。――愛とは、靴下の片方を分け合うことなのかもしれぬ。 ...
吾輩は猫である ― 猫のいる暮らし 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 朝、飼い主の目覚ましが鳴るより少し早く、吾輩はベッドの上で伸びをする。「おはよう」の代わりに、軽く尻尾で飼い主の顔をなでる。これが、我が家の一日のはじまりである。 台所では、トーストの香り。吾輩は足元をうろうろしながら、パンのかけらが落ちてこぬかと見張る。飼い主は笑いながら言う。「落ちないよ、今日はちゃんと食べるからね」――ふむ、まるで小さな約束のようだ。 昼は陽だまり、夜はひざの上。言葉は交わさずとも、互いの呼吸が重なるだけで、部屋の空気がやわらかくなる。猫のいる暮らしと ...
吾輩は猫である ― 猫コタツ 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 寒い朝。部屋の隅に鎮座する赤い城――そう、こたつである。飼い主がスイッチを入れると、じわりと足元から光がにじみ、世界がゆっくりと溶けていく。 吾輩はためらうことなく潜り込む。中は別天地。まるで太陽の腹の中にいるようだ。飼い主の足先が動くたび、毛がふわりと触れ、眠気が波のように押し寄せる。 こたつの中では、時間の概念が曖昧になる。昼も夜も、ただぬくもりに包まれ、夢とうたた寝の境が溶けていく。人はこれを「怠惰」と呼ぶが、吾輩に言わせれば「哲学」である。動かずして世界を感じる―― ...
吾輩は猫である ― おこじょ 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 雪が降り積もる山あいの村。白銀の世界を歩く吾輩の前に、小さな影がぴょんと跳ねた。 それは――おこじょ。白い毛並みに黒い尻尾、雪の中をすばしこく走る小さな生き物である。 「寒くないのか?」と吾輩が声をかけると、おこじょは振り向いてにやりと笑った。「雪の中こそ、わたしの道。足跡が風になるんだ」その言葉に、吾輩は舌を巻いた。人も猫も寒さを避けて家にこもるが、おこじょは冬を生きる達人なのだ。 夜になると、山は静まり返る。吾輩は屋根の上で星を眺め、おこじょは雪穴の中で丸くなる。それぞ ...
吾輩は猫である ― 満天の星空 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 夜。飼い主が寝静まったあと、吾輩はそっと窓辺にのぼった。雲ひとつない空に、星が無数に散りばめられている。 まるで誰かが黒い布に針で小さな穴をあけ、そこから光をこぼしたようだ。 遠くの山も街も眠っている。けれど空だけは、何千年も昔から目を覚ましたままだ。 吾輩は思う。あの光は、今も届き続けている。何光年も前に消えた星の光が、こうして吾輩の瞳に映るのだ。――不思議なことだ。小さな命が、宇宙の果てとつながっている。 流れ星がひとすじ、夜を切り裂いた。願いごとをする間もなく消えたが ...
吾輩は猫である ― 猫と雷鳥 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 立山の稜線を、白い霧が流れていく。その中で、ふと雪のように淡い羽音が聞こえた。見上げると、そこに一羽の鳥がいた。羽は灰と白のまだら、目は小さく、まるで雲の一部が命を得たような姿――雷鳥である。 吾輩は声をかけた。「こんな高いところで、寒くはないのか?」雷鳥は小さく首を傾げ、「寒いけれど、ここが私の家です」と言った。その声は風の音にまぎれて、まるで山自身が語っているようだった。 吾輩はしばらく黙って隣に座った。人も猫も鳥も、この山では皆、同じ空気を吸い、同じ雲を見上げて生きて ...
吾輩は猫である ― 猫のワールドシリーズ 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 夜更け、飼い主がテレビの前で吠えていた。「ホームランだ!」「ストライク!」どうやら“ワールドシリーズ”という戦が行われているらしい。 画面の向こうでは、白球が風を裂き、歓声が空を揺らす。選手たちの目は真剣そのもの。だが吾輩の目には、あれは巨大な“ネズミ追い”のようにも見える。 飼い主は興奮のあまり、吾輩の背中をなでながら叫ぶ。「大谷、やったー!」吾輩は目を細める。――あの俊敏さ、きっと猫族の末裔に違いない。 試合は延長戦に入り、人々の手に汗がにじむころ、吾輩はあくびをひとつ ...
吾輩は猫である ― 猫と立山 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 この地は立山。空に手が届くほどの峰々が、静かに白い息を吐いている。山の風は冷たく、けれどどこか懐かしい匂いがする。 吾輩は、山小屋の縁側で暮らしている。登山客が通るたびに、「猫がいるぞ!」と声を上げる。だが吾輩にとっては、この山こそがふるさとであり、寝床であり、世界のすべてである。 朝は雲海の上に陽が昇る。鳥が鳴き、雪解けの水が音を立てて流れる。夜は星が近く、風が遠い昔の声を運んでくる。この山には、神が宿るという。なるほど、そうかもしれぬ。人も猫も、その神のまなざしの中でほ ...
吾輩は猫である ― 猫の日常 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 朝、陽が障子を透かして部屋に差し込む。飼い主の目覚ましが鳴るより早く、吾輩は窓辺で背伸びをする。世界は今日も、ゆっくりと動き始める。 朝食はいつものカリカリ。味も形も変わらない。だが、いつも通りにあるということは、案外すばらしいことなのだ。 午前は日なたで寝る。午後は陰で寝る。夕方は、飼い主の足元で寝る。人間はそれを「ぐうたら」と呼ぶが、吾輩にとっては「生きる訓練」である。――変化に動じず、風に身をゆだねる術なのだ。 夜になると、飼い主が帰ってくる。手を洗い、服をかけ、「今 ...









