吾輩は猫である。名前はまだない。 その日は、朝から少し落ち着かない。包み紙の音が増え、人の動きが、いつもより慎重になる。 人間は、この日をバレンタインと呼ぶ。 甘いものが主役のはずだが、本当に甘いのは、渡すまでの沈黙である。言葉は少なく、視線は長い。 机の上には、いくつかの箱。大きさも、重さも、同じではない。そこに、人の迷いが見える。 吾輩は、その前を横切る。誰にも止められぬ。ただ、一つだけ確かなことがある。 チョコは、気持ちの代わりではない。気持ちが、行き場を失わぬための、仮の器である。 渡される者も、 ...