吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
腹が減るとうどんを食べる。
簡単である。
麺。
出汁。
ねぎ。
それだけでも、
十分ではないか。
ところが、
北九州には、
どうもそれだけでは済ませない店がある。
人間はこれを、
資さんうどんと呼ぶ。
吾輩は思う。
「資さん」
まず、
読み方から少し難しい。
「すけさん」
である。
黄門様の隣にいそうだが、
うどん屋である。
店に入ると、
出汁の香りがする。
そして、
人間は迷う。
肉うどん。
ごぼ天うどん。
肉ごぼ天うどん。
吾輩なら、
肉を選ぶ。
迷う理由が分からぬ。
だが人間は、
肉も食べたい。
ごぼ天も食べたい。
そこで、
両方のせる。
実に分かりやすい結論にたどり着いた。
しかも、
肉ごぼ天うどんは、
客の一言から生まれたという。
「肉うどんに、
ごぼ天ものせてくれないか。」
吾輩は思う。
良い要求である。
猫なら、
「いつもの餌に、
おやつものせてくれないか。」
と頼むところだ。
一人が頼む。
それを見た別の人間も頼む。
また別の人間も頼む。
そして、
とうとう正式なメニューになる。
世の中を変えるのは、
案外こういう一言なのかもしれぬ。
だが、
資さんうどんには、
まだ罠がある。
うどんを食べ終わる。
腹は満たされた。
さあ帰ろう。
すると、
ぼた餅がある。
吾輩は思う。
なぜ、
うどん屋にぼた餅なのだ。
だが、
人間は食べる。
うどんを食べた後に、
甘いものは別腹だと言う。
別腹。
便利な言葉である。
猫にも、
おやつ専用の別腹を
正式に認めてほしい。
そして、
気づけば、
うどん。
ごぼ天。
肉。
ぼた餅。
最初は軽く一杯のつもりだった人間が、
ずいぶん満足そうな顔で店を出てくる。
吾輩は思う。
食事とは、
腹を満たすだけではないのだと。
「いつもの味」がある。
久しぶりに食べれば、
昔を思い出す。
遠くに住んでも、
帰れば食べたくなる。
そういう味は、
名物というより、
故郷に近いのかもしれぬ。
吾輩は猫である。
うどんは食べぬ。
だが、
いつもの皿。
いつもの匂い。
いつもの味に安心する気持ちは、
よく分かる。
資さんうどんとは、
ただ麺をすすりに行く店ではない。
肉も。
ごぼ天も。
ぼた餅も。
欲張って全部食べながら、
「ああ、これこれ。」
と思える。
そんな人間の
腹と記憶を同時に満たす店なのだ。
うどん食べ
ぼた餅見れば
別の腹