吾輩は猫である ― AI使いすぎに注意 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 最近、人間たちは何かと「AI」に頼りすぎている。料理の献立も、旅行の計画も、さらには恋文の文案までも。飼い主がスマホに向かって「晩ごはんは?」と尋ねると、画面が即座に答えを返す。 吾輩はそれを横で見ながら首を傾げる。「魚を見ればにゃあと鳴く」――猫の判断は単純明快である。しかし人間は、AIの提案にうなずきながらも、どこか落ち着かぬ様子である。 考えてみれば当然だ。AIは賢いが、匂いも温もりも知らぬ。カリカリを前にしたときの胸の高鳴りや、日向ぼっこの心地よさは計算できぬ。それ ...
吾輩は猫である ― ゼッテリア 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 このあいだ町を歩いていたら、見慣れぬ看板に出会った。「ゼッテリア」とある。どうやら新しい店らしい。人間が列を作り、揚げたての音と香ばしい匂いが漂っていた。 吾輩は鼻をひくひくさせた。ハンバーガーにチキン、フライドポテト――どれも猫の口には縁遠いが、匂いだけで腹が鳴る。人間たちは楽しげに袋を抱え、「安い!」「うまい!」と声を弾ませる。 思えば、人間の食の流行は目まぐるしい。タピオカに列をなしたかと思えば、今はゼッテリアで歓声をあげている。猫の食は変わらぬ。朝も昼も夜も、カリカ ...
吾輩は猫である ― 猫レンジャー 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 だが、町に危機が迫るとき、吾輩はただの名もなき猫ではなく――「猫レンジャー」となる。 赤きマントを背にまとい、しっぽを稲妻のごとく振り上げ、にゃんと鳴けば仲間たちの心に勇気が灯る。敵は掃除機の怪物や、宅配便の巨人。吾輩の任務は、人間の平和と昼寝の時間を守ることにある。 今日も路地裏に異変あり。強風に煽られたゴミ袋が暴れ、子猫たちが怯えて隅に縮こまる。吾輩は飛び出し、前足で袋を押さえつけた。「もう安心だ、吾輩に任せろ」にゃあ、と鳴けば子猫の目が輝いた。 戦いのあと、吾輩は屋根 ...
吾輩は猫である ― ペット可マンション事情 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 近ごろ人間たちは「ペット可マンション」なる住まいを好むらしい。飼い主も吾輩を伴って見学に行き、営業マンが胸を張って「ペット可です」と誇らしげに告げるのを聞いた。 だが実際のところ、事情はそう単純ではない。規約には細かい文字が並び、「体重10キロ以内」「共用部ではキャリー必須」など、まるで吾輩が巨大怪獣であるかのように制限される。 確かに、吠える犬殿や羽ばたく鳥殿も住まうのだから、互いに配慮が必要なのは理解している。けれど吾輩としては、廊下をしっぽ高く歩くくらいは許してほしい ...
吾輩は猫である ― 猫とマンション 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 吾輩の住まいは高層マンション。地上を駆け回る猫に比べれば不自由かと思いきや、ここにも独特の面白さがある。 まず、窓からの眺めだ。鳥は小さな点となり、車は箱庭の玩具のよう。吾輩は毎日、天空から世界を見下ろしている気分である。 だが、マンション暮らしには掟がある。廊下に勝手に出てはならず、夜中に大声で鳴けば隣から苦情が飛ぶ。しっぽを高く掲げて歩くにも、人間のルールをわきまえねばならぬ。 それでも、上下左右に暮らす人々の気配は、退屈を紛らわせる。ピアノの音、子どもの笑い声、そして ...
吾輩は猫である ― 雨のち晴編―
吾輩は猫である。名はまだない。 朝から雨が降り続いていた。軒先のしずくは途切れることなく落ち、庭の土は黒く濡れて、花々は肩をすくめているように見える。 吾輩は窓辺で丸くなり、ただ静かにその音を聞いていた。ときに雨は心を沈める。けれど同時に、大地を潤し、新しい芽を育てる恵みでもある。 やがて昼を過ぎたころ、雲間から光が差した。濡れた木々の葉が一斉にきらめき、空には淡い虹がかかった。雨は終わり、晴れが訪れたのだ。 吾輩はふと思う。猫生も人生もまた、この空のようであろう。降り続く雨に耐えるときがあり、その先には ...
吾輩は猫である ― 線状降水帯 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。 昨夜から雨がやまぬ。縁側の外は白く煙り、庭の土は水を吸って重く沈んでいる。ただの長雨かと思っていたが、飼い主のテレビから「線状降水帯」という言葉が流れた。 どうやら空の高みに、雲が次々と連なり、同じ場所に雨を落とし続ける仕組みらしい。吾輩の眼には、空が破れて水が注いでいるようにしか見えぬ。 やがて雨脚は強まり、屋根を叩く音は太鼓の連打のよう。排水溝は溢れ、川は濁流となる。吾輩は窓辺から動かず、ただ耳を伏せてその音を聞いた。 自然の前では、猫も人も等しく小さな存在に過ぎない。 ...
吾輩は猫である ― 猫歌舞伎 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 今宵、木挽町の大舞台。定式幕がすっと引かれると、太鼓の音が鳴り渡り、笛が澄んだ調べを奏でた。観客の視線が一斉に花道へ注がれる。 そこに現れたのは――吾輩。役は「招き猫三番叟」。毛並みは黒白のまだら模様、鈴を胸元に飾り、緋色の衣をまとって進む。 足取りをすり足に合わせ、途中で見得を切ると、客席から「にゃーっ!」と声が飛ぶ。人間の「成田屋!」に劣らぬ掛け声だ。 舞台の最後、大きな鯛が吊り下げられる。吾輩は勢いよく飛び移り、しっぽを高々と掲げた。拍手が鳴りやまず、照明がまばゆく降 ...
吾輩は猫である ― インターン 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。 今朝はいつもの昼寝場所ではなく、飼い主に連れられてオフィスなる場所に来た。どうやら「インターン」という制度で、若者が社会を学ぶ日らしい。 スーツ姿の学生たちが緊張した顔で挨拶をしている。「よろしくお願いします!」声は張りつめ、まるで新しい縄張りに踏み込む猫のようだ。 吾輩は机の下から観察する。メモを取る姿、パソコンを打つ指先、笑顔を作ろうとするがぎこちない口元。それでも必死に前へ進もうとする様子に、ひげがぴくりと動いた。 人間にとってインターンは試しの場らしい。だが吾輩から ...
吾輩は猫である ― 猫敬老の日 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 この町では今日は「敬老の日」だという。人は年長者を敬い、感謝を伝える日らしい。だが猫の世界でも、長く生きることは誇りである。 路地裏の古株の三毛は、齢二十を越えた。耳は遠くなり、足取りはゆっくりだが、眼差しは今も若き日の狩人のままだ。吾輩たちは自然と頭を下げ、その背中に教えを受けてきた。 長寿の猫には、物語が刻まれている。港の変わりゆく景色を見届け、世代ごとの人間に可愛がられ、何度も季節を乗り越えてきた証だ。 人は花束や贈り物を用意するらしい。猫にとっては、陽だまりの座布団 ...