吾輩は猫である ― 浅草サンバカーニバル編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、雷門をくぐれば人波に押され、どこからともなく笛と太鼓と歌声が響いてくる。今日は「サンバカーニバル」の日らしい。 大通りはまるで南国の舞台。羽根飾りを背負った踊り子たちが、眩しいほどの笑顔でステップを刻む。人々は声を合わせ、手を振り、熱気が路面を震わせていた。 吾輩はといえば、提灯の影に身を潜め、その光景を目を細めて眺める。猫にサンバは無縁と思われがちだが、実のところ、このリズムは心地よい。しっぽが自然と揺れ、肉球で小さく「タタ、タタ」と刻んでしまうのだ。 観客の少女が吾 ...
吾輩は猫である ― 国際カラオケ 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが今日は不思議な夜に足を踏み入れた。看板に「KARAOKE」と輝くビル。飼い主に連れられ、吾輩ら4匹は小さな部屋に通された。 マイクが二本、モニターには歌詞が流れ、部屋の中には人間と、外国から来た客人たち。彼らは片言の日本語で注文し、笑顔で飲み物を差し出してくれた。 最初に歌い出したのは獅子丸。アニメソングを熱唱し、画面のキャラと同じポーズを決める。外国の青年が大笑いし、「Sugoi!!」と拍手を送った。 続いて葵が、静かなバラードを選ぶ。にゃあと声を合わせるだけなのに、不 ...
吾輩は猫である ― アニメートで国際交流 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが今日は特別な日、飼い主に連れられて「アニメート」なる聖地に足を踏み入れた。 ビルの中はポスターとキャラクターグッズで埋め尽くされ、あちらこちらから歓声が上がる。葵はキラキラした目で「可愛い〜!」と声を上げ、獅子丸はフィギュア棚に飛び乗ろうとしてスタッフに止められた。沙羅はというと、冷静に同人誌コーナーの行列を観察している。 ふと、隣で大きな声が響いた。英語と中国語が入り混じり、リュックを背負った海外の観光客たちが、熱心に推しキャラを語り合っている。吾輩のしっぽが動いた。― ...
吾輩は猫である ― 猫国宝編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、この寺では「国宝様」と呼ばれている。 きっかけは数年前、観光客の老婆が言った「この猫、仏像みたいね」それを聞いた住職が笑い、本堂の縁側に吾輩専用の座布団が敷かれた。 朝は鐘の音とともに起き、昼は団体客の影に溶け、夕暮れには本堂の階段で、沈む陽を見送る。 写真を撮る者、拝む者、投げ銭する者。「ご利益ありますように」と言われるたびに、吾輩はあくびを返す。ありがたみとは、たぶん静けさの中にあるのだ。 ある日、テレビが来た。「この猫が国宝級の癒しです!」と。次の日から行列ができ ...
吾輩は猫である ― ナンジャタウン編 ―
吾輩、信虎である。今日は4匹で人間のテーマパーク「ナンジャタウン」に潜入だ。猫が猫のまま堂々と入れるわけもないので、飼い主のバッグの中で移動し、入場口近くの猫用カートに乗り換えた。 まずは餃子スタジアム。鼻をくすぐる香りに、葵が目を輝かせる。「この匂い…絶対うまいやつ!」しかし吾輩らは猫。肉汁の香りだけで我慢だ。代わりに、猫用かつおスナックを取り出し、みんなでカリカリ音を立てる。 次はスイーツゾーン。ふわふわのパンケーキやカラフルなパフェが並ぶ。沙羅はじっとショーケースを見つめ、「人間って、甘いもの作りに ...
吾輩は猫である ― 猫のサロン(カットと染)編 ―
吾輩、信虎である。今日は年に一度の毛並みリフレッシュの日。飼い主が予約してくれたのは、猫専用グルーミングサロン。シザー音が響く、まるで人間の美容室のような場所だ。 「わぁ、いい匂い!」と葵は早くも鏡の前に座る。淡い毛色をさらに春色に染めるらしい。「私はラベンダーグラデーションに挑戦するの」と、尻尾をふわりと揺らしている。 獅子丸はというと、「オレはライオンカットだ!」と胸を張る。首周りだけたてがみのように残し、背中から尻尾にかけてスッキリ短く――仕上がりはまるで動物園から来た王様だ。 沙羅は静かにシートに ...
吾輩は猫である ―猫の歯医者 編―
吾輩、信虎である。昨日から右の奥歯がうずく。カリカリを噛むとき、少し力を入れられない。飼い主に見つかり、今日は動物病院の歯科へ行くことになった。 葵は心配そうに言う。「信虎兄さま、麻酔って怖くない?」獅子丸は面白がって、「銀歯にしてもらえよ!かっこいいぞ!」と笑う。沙羅は冷静に、「歯は一度悪くすると全身に響くのよ。しっかり治してらっしゃい」と背中を押してくれた。 病院に着くと、白衣の先生が口を開けて診る。「軽い歯肉炎ですね、スケーリングで大丈夫ですよ」その言葉に少し安心した。超音波の機械がキーンと鳴り、歯 ...
吾輩は猫である ―信虎、葵、獅子丸、沙羅 編―
吾輩は猫である。名は信虎。家の長であり、群れのまとめ役だ。ある日、縁側で昼寝をしていると、庭からドタドタと足音が近づいてきた。 先に顔を出したのは葵。淡い毛色とおっとりした性格の雌猫で、花の香りをまとってやって来る。「信虎兄さま、今日は探検に行きませんか?」その後ろから、茶色の縞模様の獅子丸が飛び出す。好奇心の塊で、じっとしていられぬ若猫だ。 「探検といえば、あの廃屋か?」と吾輩。すると、最後に姿を現したのは沙羅。長毛の美しい雌猫で、群れの中では一番の冷静派だ。「廃屋なら気をつけたほうがいいわ。この前、カ ...
吾輩は猫である ―トルコと日本の動物愛護 編―
吾輩は猫である。旅好きの飼い主に連れられ、この夏、海を越えてトルコを訪れた。 驚いたのは、街中の猫の多さだ。カフェの椅子にも、モスクの階段にも、市場の棚の上にも、当然のように猫がいる。しかも誰も追い払わず、水皿や餌が置かれている。「ここでは猫は町の住人」と、ある青年が言った。市も法律で動物への虐待や遺棄を禁じ、地域全体で世話をするのだという。 一方、日本では、野良猫は「地域猫」としてボランティアや行政が協力して世話をする動きはあるが、場所によっては餌やりが苦情の種になる。法律上も、虐待や遺棄は禁じられてい ...
吾輩は猫である ―風姿花伝編―
吾輩は猫である。芸の道は、ただの毛づくろいとは違う。爪とぎにも順序があるように、舞にも、鳴きにも、年齢ごとの深まりがある。 この前、人間が書棚から古い本を取り出した。『風姿花伝』――世阿弥という昔の芸人の書いたものだ。そこには「時分の花」「まことの花」などと書かれていた。吾輩なりに読み解けばこうだ。 子猫の頃は、何をしても愛らしい。それは「時分の花」。小さな肉球でじゃれれば、誰もが笑顔になる。だが、その花は長くは咲かぬ。大人になれば、ただ走るだけでは誰も振り向かない。 そこで必要なのが「まことの花」。年を ...