吾輩は猫である ― ネコノミクス 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、町内で最近囁かれているのは「ネコノミクス」なるものだ。 発端は魚屋の値上げである。鯵が一尾20円高くなったと聞けば、猫たちの暮らしは直撃を受ける。「給料(=カリカリ)は増えぬのに、物価ばかり上がるにゃ」獅子丸は尻尾を打ちつけ、不満を漏らした。 そこで古株の沙羅が提案した。「魚屋に頼るばかりではなく、独自通貨“キャットコイン”を発行しましょう」すぐさま路地裏で流通が始まり、カリカリ一粒=1コインのレートが定められた。 だが、葵がこっそり隠したマタタビを担保にしたことで、通 ...
吾輩は猫である ― ウニ、アワビ 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。 市場の朝は活気に満ちていた。人間たちが威勢よく声を張り上げ、魚の匂いと潮の香りが入り混じる。その中でひときわ輝いていたのが、ウニとアワビであった。 氷の上に鎮座する黄金のトゲと、殻の中で静かに光る海の宝石。人間は財布を握りしめ、「今夜のご馳走だ」と口角を上げる。 吾輩はそっと近づき、鼻先で潮の香を吸い込む。――磯の深み、海の底を思わせる芳醇さ。魚屋が笑って言った。「猫さん、これはさすがに贅沢すぎるぞ」 確かに吾輩の舌はカリカリに慣れている。ウニやアワビは手の届かぬ高嶺の花。 ...
吾輩は猫である ― ふるさと納税ーポイント〆切 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、今宵は落ち着かぬ。飼い主がパソコンにかじりつき、「〆切が!」「あと数時間!」と騒いでいるからだ。 どうやら「ふるさと納税」とやらのポイント交換の期限らしい。画面には米、肉、果物、アイスクリーム。人間は「どれにするか」と真剣に悩み、吾輩は横で「カリカリはないのか」と首を傾げる。 カチカチとキーボードを叩く音。時計の針は刻々と進む。まるでタイムリミット付きの狩りだ。「うなぎか、牛肉か、それともビール…!」飼い主の独り言は、ほとんど戦場の雄叫びである。 吾輩はしっぽで冷静に示 ...
吾輩は猫である ― 台風 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。 昼までは静かだった。だが、夕刻になると空の色が変わり、風が唸るように吹きつけてきた。木々は身をくねらせ、雨粒は斜めに走る。町全体がざわつき、台風が近づいていることを告げていた。 吾輩は縁側から庭を見つめていた。吹き飛ばされた落ち葉が舞い、小さな枝が音を立てて転がる。空気は重たく、湿り気を含んで胸にまとわりつく。 やがて、雨脚が一気に強まった。屋根を叩く轟音が、太鼓の連打のように響く。吾輩は耳を伏せ、体を小さく丸めて毛布に潜り込んだ。 しかし、不思議なことに――その轟音の中に ...
吾輩は猫である ― 猫のお別れ 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。この三か月、同じホテルで暮らした仲間がいた。窓辺で日向ぼっこを分け合い、夜は隣のケージ越しに「にゃあ」と声を掛け合った。知らない場所での心細さも、その存在があったから乗り越えられた。 だが今日、彼は迎えに来た飼い主の腕に抱かれ、自宅へ帰っていった。職員が「よかったね」と微笑む。確かに、それは喜ばしいこと。けれど胸の奥が少しだけぽっかりと空いた。 葵が言った。「お別れは寂しいけれど、また会えるかもしれないよ」獅子丸はしっぽを振って、「いつか遊びに行けばいいじゃん!」と元気づける ...
吾輩は猫である ― 加冠の儀 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。 今日は特別な日。朝から町は静まり返り、人々の装いは一段と改まっていた。遠くから雅楽の調べが響き、空気そのものが神聖な色を帯びている。 吾輩は群衆の後ろからそっと覗いた。そこには、若き者が冠をいただく厳粛な儀式――「加冠の儀」が行われていた。 冠はただの飾りではない。それは新たな責任の象徴であり、未来を背負う者に与えられる重みそのもの。人々は深々と頭を垂れ、その瞬間を見守っていた。 吾輩は毛並みを整え、しっぽを静かに下ろした。軽やかに跳ねる心を抑え、ただ厳かな空気に身を委ねる ...
吾輩は猫である ― 猫神様 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、この町では「猫神様」と呼ばれている。 きっかけは偶然だった。ただ神社の屋根で昼寝をしていただけなのに、参拝に来た人が手を合わせ、「ご利益がありますように」と頭を下げたのだ。 次第に噂は広まり、受験生は「合格祈願に猫神様」、商人は「商売繁盛を猫神様」、恋する娘は「縁結びも猫神様」とやって来る。吾輩はただ、鈴虫の声を聞きながらのんびり毛づくろいしていただけなのに。 ある日、子どもが怪我をした足を引きずって神社に来た。吾輩はそっと足に寄り添い、しっぽでちょんと触れた。それだけ ...
吾輩は猫である ― 元町白バイ体験 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。元町の石畳を歩いていたら、広場に人だかりができていた。眩しい白いバイクが並び、青い制服の警官たちが誇らしげに立っている。どうやら今日は「白バイ体験」のイベントらしい。 子どもたちが順番に跨り、記念写真を撮っている。エンジンは止まっているのに、金属の光沢はまるで生き物のように力強い。吾輩は興味に勝てず、警官の足元からスルリと飛び乗った。 「おや、猫さんも体験かい?」周囲から笑いが起こり、シャッターの音が続く。吾輩はハンドルの上で胸を張り、しっぽを高く掲げて「安全第一!」の顔をし ...
吾輩は猫である ― 浅草サンバカーニバル編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが、雷門をくぐれば人波に押され、どこからともなく笛と太鼓と歌声が響いてくる。今日は「サンバカーニバル」の日らしい。 大通りはまるで南国の舞台。羽根飾りを背負った踊り子たちが、眩しいほどの笑顔でステップを刻む。人々は声を合わせ、手を振り、熱気が路面を震わせていた。 吾輩はといえば、提灯の影に身を潜め、その光景を目を細めて眺める。猫にサンバは無縁と思われがちだが、実のところ、このリズムは心地よい。しっぽが自然と揺れ、肉球で小さく「タタ、タタ」と刻んでしまうのだ。 観客の少女が吾 ...
吾輩は猫である ― 国際カラオケ 編 ―
吾輩は猫である。名はまだない。だが今日は不思議な夜に足を踏み入れた。看板に「KARAOKE」と輝くビル。飼い主に連れられ、吾輩ら4匹は小さな部屋に通された。 マイクが二本、モニターには歌詞が流れ、部屋の中には人間と、外国から来た客人たち。彼らは片言の日本語で注文し、笑顔で飲み物を差し出してくれた。 最初に歌い出したのは獅子丸。アニメソングを熱唱し、画面のキャラと同じポーズを決める。外国の青年が大笑いし、「Sugoi!!」と拍手を送った。 続いて葵が、静かなバラードを選ぶ。にゃあと声を合わせるだけなのに、不 ...









