吾輩は猫である。名はまだない。 ある日、壁に掛けられた一枚の絵の前で、吾輩は足を止めた。大きな波、鋭い爪、その向こうに鎮座する山。人はそれを北斎という。 線がうるさい。だが、騒がしくない。動きは激しいのに、余白が静かだ。吾輩は思う。この絵は、止まっていない。 北斎の波は、飛びかかる直前の猫に似ている。爪を立てる寸前、背中を丸め、目だけが先に行く、あの一瞬。 人は言う。「自然を描いた」と。だが吾輩には、自然の“気配”を描いたように見える。形よりも、勢いよりも、間(ま)がある。 山は動かない。波は暴れる。その ...