吾輩は猫である。名はまだないが、両国国技館の裏手で暮らしている。今日、ひとりの力士が横綱に昇進したらしい。テレビの中では白い綱が締められ、記者の声とフラッシュの嵐。人間はやはり、「強さ」に拍手を送る生き物だ。 「綱を締めるというのはな、ただ強いだけでは務まらん」と、昔、床山の男がつぶやいた。品格だの、責任だの、たしかに難しい言葉ではあるが、吾輩から見れば、それは“孤独”の言い換えのように思える。 強くなれば、土俵の上では敵しかいない。勝ち続ければ、敗れたときの声が大きくなる。人間とは不思議だ。勝者を讃えな ...