吾輩は猫である。名はまだない。 瀬戸内の島・蒲刈では、今も夜ごと太鼓と笛の音が響く。人々が舞い、鬼が現れる――それが「蒲刈神楽」。 その中に「提婆(ダイバ)」と呼ばれる者がいる。角を持ち、恐ろしい顔をしているが、村人は彼を恐れぬ。むしろ、悪しきものを祓う守り神として敬っている。 吾輩は神楽の舞台裏からそれを見ていた。火の粉が舞い、面の奥の目が光る。だがその眼差しには、怒りよりも祈りが宿っていた。「恐れられること」と「敬われること」は、まるで同じ面の裏表のようだ。 人も猫も、強さを装うことでしか優しさを守れ ...