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吾輩は猫である(現代編)

2025/9/13

吾輩は猫である ― 総裁選前倒し 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 このところ人間の世界では、「総裁選を前倒しする」という話で持ちきりらしい。新聞が騒ぎ、テレビが連呼し、飼い主までもスマホを覗きながら「誰が立つか」と呟いている。 猫の世界でも似たことはある。路地裏のボスの座をめぐり、次の季節を待たずに争いが始まるのだ。魚屋の裏を縄張りにするか、それとも市場の残飯を抑えるか。利害がからめば、先に仕掛けた方が有利――それは人間も猫も変わらぬ理である。 ただ、猫の選挙は単純だ。強さと度胸、そして誰よりも大きな声で「にゃあ」と鳴けるかどうか。政策だ ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 世界陸上 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 このところ人間どもは夜更かし気味だ。どうやら「世界陸上」とやらが開かれており、テレビの前で声を上げては拍手をしている。 画面には、風のように駆ける人々の姿。筋肉がしなやかに躍動し、スタートの銃声とともに飛び出す様は、まるで野良猫が魚屋に突進する瞬間のごとし。 吾輩は思わず比べてみる。百メートル走なら、人間より吾輩の方が速い。高跳びだって、机から棚へひと跳びで軽々と超える。だが人間は、自らの限界を競い合い、世界一を決めることに誇りを見出す。その執念こそ、猫には真似できぬもので ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 猫呪術師 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 だが、ただの猫ではない。路地裏の闇に潜み、月の光を背に受け、古き言葉を喉奥で転がせば、毛並みに刻まれた呪は目覚める。 人は知らぬ。吾輩のしっぽが一振りすれば、雨雲は割れ、鼠どもは夢の中で踊り出す。ひげが震えれば、人の悪しき心も和らぎ、やがて眠りに落ちる。 この街の平穏は、人の法律だけで守られているのではない。猫呪術師たちが、夜な夜な闇に結界を張り、災いを追い払っているからなのだ。 もっとも、吾輩自身は大きな野望を持たぬ。ただ飼い主の安眠と、一皿のカリカリの無事を祈るばかり。 ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 三体問題 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 昼下がりの縁側で、飼い主が分厚い本を開いていた。「三体問題」とやらに頭を抱えている。太陽と地球と月――三つの天体の動きを正確に解くのは、人間にとっても難題らしい。 吾輩はしっぽを揺らしながら思う。猫の世界にも三体問題はある。飯をめぐる猫三匹の睨み合い。一皿に寄れば争いが起き、互いに譲らねば毛が逆立つ。結局、誰が先に食べるかは、数式ではなく気分次第。 人間は計算に挑むが、自然はあまりに自由で、完全には読めぬ。吾輩にしても、昼寝の場所を決めるのは太陽の光、風の流れ、そして気まぐ ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 猫からみた太平洋戦争 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 あの戦の頃、町は静かに色を失っていた。魚屋の軒先からは鯵も鰯も消え、人々は芋や麦を分け合い、吾輩の腹も常に空っぽであった。 空が唸りを上げ、爆音が町を覆うたび、吾輩は路地裏に身を潜めた。窓を黒布で覆う人間の姿は、まるで夜そのものを抱きしめているようであった。 吾輩が忘れぬのは、子どもたちの笑顔である。物も食も乏しいなかでも、空き地で小石を蹴り、吾輩のしっぽを追いかけて笑っていた。その笑顔すら、やがて戦火に呑み込まれていった。 やがて戦が終わり、焼け跡には草が芽吹き、人は再び ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 令和七年の夏 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 今年の夏は例年にも増して暑い。人間のニュースでは「観測史上最高」だの「猛暑日続き」だのと叫んでいる。路地裏のアスファルトは灼けるようで、肉球に触れるとじりりと音がしそうだ。 飼い主は扇風機とエアコンを駆使し、「節電」と「熱中症対策」の板挟みに悩んでいる。冷房の効いた部屋で寝転ぶ吾輩を横目に、電気代の明細を見てため息をつく姿が哀れでならぬ。 それでも夏には夏の楽しみがある。縁側から聞こえる蝉しぐれ、夜空に咲く花火の轟き、そして冷やしスイカを頬張る人間の笑顔。吾輩はただ、その足 ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 元町チャーミングセールと猫 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 今日は元町の通りがひときわ賑やかだ。「チャーミングセール」とやらで、人間たちは大きな紙袋を抱え、目を輝かせて店々を渡り歩いている。 赤や青の値札が風に揺れ、「半額」「限定」の文字が並ぶ。吾輩には数字の意味はわからぬが、人間の尻尾――いや、歩みの速さを見るに、相当お得らしい。 ブランドの店先で試着する人々、カフェのテラスで戦利品を語る声。その足元を、吾輩はすり抜ける。時折、甘いワッフルの香りが漂い、鼻先がぴくりと反応する。 考えてみれば、猫にとっての「セール」とは、魚屋の軒先 ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/21

吾輩は猫である ― 猫のポイント遺伝子 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 ただし、毛並みには少し特徴がある。耳と顔、しっぽと足先が濃い色を帯び、体は淡く明るい。人間はこれを「ポイントカラー」と呼ぶらしい。 どうやら吾輩の毛色は遺伝子によって決まっているのだとか。体温の高い部分は色が薄く、冷えやすい部分には色が濃く出る仕組みだそうな。なるほど、鼻先や耳が濃いのはそのためか。 飼い主は「科学ってすごいね」と言う。だが吾輩からすれば、毛色などはただ生まれつき与えられた装いにすぎぬ。大切なのは、色がどう見えるかではなく、その毛並みでどれだけ日向ぼっこが気 ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/26

吾輩は猫である ― 結婚式ラッシュ 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 この秋は、どうにも慌ただしい。飼い主が立て続けに礼服を取り出し、「またご祝儀だ」「次は京都だ」と嘆いている。どうやら「結婚式ラッシュ」なるものが到来しているらしい。 玄関には引き出物の紙袋が積まれ、カタログギフトや菓子折りが次々と運び込まれる。吾輩は箱のリボンを解く役目を買って出るが、人間は「こら、やめて!」と大慌てだ。 結婚式というのは、人が集い、笑いと涙を分かち合う特別な場だという。だが吾輩の眼には、慣れぬ靴で足を痛め、ご祝儀袋に財布を軽くし、二次会で疲れ果てる飼い主の ...

吾輩は猫である(現代編)

2025/9/20

吾輩は猫である ― 健康診断 編―

吾輩は猫である。名はまだない。 朝から飼い主がそわそわしている。どうやら今日は「健康診断」なるものに出かけるらしい。人間は年に一度、身体を調べてもらうのだという。体重、血圧、採血にバリウム……聞くだけで吾輩のひげが震える。 思えば吾輩も、獣医に連れて行かれては診察台に乗せられる。体重計の上で動く数字を、先生が真剣な顔で眺めるあの瞬間――人間の健診とそう変わらぬのだろう。 飼い主は「去年より太ったかも」とつぶやく。吾輩は心の中で「運動不足は吾輩も同じにゃ」と返す。毎日ごろごろしては食べて寝て、気づけば少しお ...