吾輩は猫である ―総選挙 センター争い 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 街が、急に騒がしくなった。壁という壁に顔が貼られ、声という声が、少しずつ大きくなる。 人間はこれを、総選挙と呼ぶらしい。 皆、前へ出たがる。真ん中に立ちたがる。センターとは、光の集まる場所だと信じているのだ。 約束は多く、言葉は軽く、語尾はやけに断定的である。未来は、もう決まったかのように語られる。 吾輩は、少し離れた場所でそれを見ている。争っているのは、立ち位置であって、責任ではないように思えたからだ。 本来、中心とは、声を張る場所ではない。周囲が動いても、揺れぬ点であ ...
吾輩は猫である ―肩のり猫 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 吾輩の居場所は、床でも、膝でも、棚の上でもない。今日は肩である。 人の肩は不安定だ。少し動けば揺れ、呼吸で上下する。だが、その揺れが心地よい。世界が少し高くなり、音が遠ざかる。 肩に乗るには条件がある。焦らぬこと。急に立ち上がらぬこと。そして、信頼を裏切らぬこと。 飼い主は動きを抑え、声を低くする。吾輩は爪を立てず、体重を分散させる。これは共演だ。 人はよく言う。「重くない?」吾輩は思う。重さとは、体重のことではない。預けられるかどうか、その一点だ。 肩の上から見る景色は、 ...
吾輩は猫である ―猫五輪 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 吾輩は猫である。名前はまだない。 街が、急に一つの言葉を繰り返し始めた。旗が増え、音が大きくなり、人の目が、遠くを向く。 人間はこれを、五輪と呼ぶ。 競い、測り、並べ、順位をつける。世界は一瞬、一直線になる。 人は言う。速い者が偉く、高い者が強く、多く獲る者が称えられるのだと。 吾輩は、少し離れた場所でそれを見る。猫にとって、速さは生き延びる術であり、誇るものではない。 跳ぶのも、登るのも、本来は静かな行為だ。拍手があるから、するわけではない。 表彰台の上では、笑顔が整え ...
吾輩は猫である ―丸投げ編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、急に紙が増えた。内容はよくわからぬが、量だけは、はっきりしている。 人間は言う。「これ、お願い」と。説明は短く、期限は近い。 どうやら、丸投げという技らしい。 投げた者は、身軽になる。受け取った者は、重くなる。重さは、仕事そのものではなく、判断の欠如である。 吾輩は、投げられた紙の上に座る。すると不思議なことに、誰も続きを言えなくなる。 本来、仕事とは、渡すものではない。共有するものである。 決めるべきことを決め、考えるべきことを考え、その上で任せる。それが、投 ...
吾輩は猫である ―誕生日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 その日は、少しだけ空気が違った。祝う言葉は控えめで、騒ぎもない。人間は、これを誕生日と呼ぶ。 朝、鍵の音が新しい。まだ馴染まぬ重さがあり、金属の冷たさが残っている。どうやら、車が納入されたらしい。 人間は嬉しそうだが、はしゃがない。年を重ねると、喜びは外に出ず、内側で静かに整う。 新しい車は、速さを誇らない。匂いも、音も、これから育つ。走るためではなく、続けるために来た、そんな顔をしている。 誕生日とは、何かを得る日ではない。これまでを一度、引き受け直す日だ。車の納入も、 ...
吾輩は猫である ―義理と本命の間 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、同じようで違う包みが並ぶ。大きさは揃え、色は変え、だが、置き方に差がある。 人間は、これを義理と本命の間と呼ぶらしい。 どちらでもない、と言い切るには、少し温度が高い。どちらかだ、と認めるには、まだ勇気が足りぬ。 その間に、人は立つ。 言葉を足せば重くなり、省けば冷たくなる。最適解は、いつも手の届かぬ場所にある。 吾輩は、包みの間を歩く。踏めば音がするから、そっと避ける。曖昧なものほど、壊れやすい。 義理は、社会を円くする。本命は、心を尖らせる。間にあるものは、 ...
吾輩は猫である ―バレンタイン 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 その日は、朝から少し落ち着かない。包み紙の音が増え、人の動きが、いつもより慎重になる。 人間は、この日をバレンタインと呼ぶ。 甘いものが主役のはずだが、本当に甘いのは、渡すまでの沈黙である。言葉は少なく、視線は長い。 机の上には、いくつかの箱。大きさも、重さも、同じではない。そこに、人の迷いが見える。 吾輩は、その前を横切る。誰にも止められぬ。ただ、一つだけ確かなことがある。 チョコは、気持ちの代わりではない。気持ちが、行き場を失わぬための、仮の器である。 渡される者も、 ...
吾輩は猫である ―猫と北斎 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 ある日、壁に掛けられた一枚の絵の前で、吾輩は足を止めた。大きな波、鋭い爪、その向こうに鎮座する山。人はそれを北斎という。 線がうるさい。だが、騒がしくない。動きは激しいのに、余白が静かだ。吾輩は思う。この絵は、止まっていない。 北斎の波は、飛びかかる直前の猫に似ている。爪を立てる寸前、背中を丸め、目だけが先に行く、あの一瞬。 人は言う。「自然を描いた」と。だが吾輩には、自然の“気配”を描いたように見える。形よりも、勢いよりも、間(ま)がある。 山は動かない。波は暴れる。その ...
吾輩は猫である ―もしもピアノが弾けたなら 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 吾輩は猫である。名前はまだない。 夕方になると、部屋の空気が少し変わる。光が斜めになり、音が減る。 人間は、ピアノの前に座る。弾く日もあれば、鍵盤を眺めるだけの日もある。 吾輩は思う。もしも、ピアノが弾けたなら——何を弾くだろうかと。 技巧はいらぬ。拍手も求めぬ。ただ、その日の空気に合う音を、一つずつ置いていくだけでよい。 強い音は出さない。正確さにもこだわらない。間違えたら、そのまま次へ進む。 音楽とは、整えることではなく、受け入れることなのかもしれぬ。 鍵盤は白と黒に ...
吾輩は猫である ―換毛期と空気 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、毛がよく抜ける。床にも、椅子にも、人間の黒い服にも、季節が残る。 人はこれを、換毛期と呼ぶ。 体は正直だ。暑さでも寒さでもなく、その“途中”に、一番変化が出る。皮膚がむずがゆく、気分も少し落ち着かぬ。 そんな折、部屋の空気が重くなる。見えぬが、確かに、澱む。 吾輩は知っている。毛は体を守るが、空気は体を左右する。古い毛が抜ける時、古い空気も、出ていく必要がある。 窓が少し開き、換気がなされ、エアコンは控えめに回る。風は直接当たらぬよう、向きが変えられた。 それだけで ...









